YOSHIKI
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2.経歴
2.4.ソロ活動(1991-99年)
1991年の10月31日にTMN小室哲哉とともに記者会見を開き、2人で新ユニット「V2」を結成することを発表[43]。12月5日に東京ベイNKホールでV2のコンサート『V2 SPECIAL LIVE VIRGINITY』を開催した。同年、初のソロ名義作として、自身の選曲によるクラシック音楽のコンピレーション・アルバム『Yoshiki Selection』を12月12日に発表。このアルバムは第6回日本ゴールドディスク大賞で洋楽アルバム賞(クラシック部門)を受賞した[44]

1992年にV2としてシングル「背徳の瞳〜Eyes of Venus〜」をリリース[45]。また、ロサンゼルスに自身のレコーディング・スタジオと自宅を購入し、制作と生活の拠点をアメリカに移した。MIDIやシンクラヴィアなどコンピュータ・ベースの制作環境に関心を持ち、バンドの枠を超えたプロジェクト「Violet UK」を構想する[46]。1992年7月23日に東芝EMIと初めてとなるソロ契約の締結を発表[47]。7月30日に日本武道館で『YOSHIKI TALK LIVE at 武道館』を開催し、1993年にX JAPANの作品としてリリースされた自らの半生を描いた楽曲「ART OF LIFE」をピアノ協奏曲形式で初演した。また、年末にNHKホールで行われた『第43回NHK紅白歌合戦』の全出場歌手で歌う合唱曲「TEARS〜大地を濡らして〜」を作詞・作曲し、会場のパイプオルガンで伴奏した。「TEARS〜大地を濡らして〜」もまた、X JAPANのシングル「Tears」として1993年にリメイクされた。東芝EMIからは、ビートルズのプロデューサーとして知られるジョージ・マーティンとのジョイント・プロジェクトとして、アルバム『Eternal Melody』と、シングル「Amethyst」が1993年にリリースされた。ジョージ・マーティンは日本武道館での「ART OF LIFE」の演奏をビデオを観てプロデュースを快諾した[48]。1993年にはTBS系で10月から放送されたドラマ『徹底的に愛は…』の主題歌としてNOAのシングル「今を抱きしめて」をプロデュースし、第36回日本レコード大賞で優秀賞を受賞した[49]

1994年にはクイーンのドラマーであるロジャー・テイラーとのコラボレーション・シングル「Foreign Sand」をリリースし[50]、2人は国連UNESCOの呼びかけによりにより催された『GME '94 〜21世紀への音楽遺産をめざして〜 AONIYOSHI』で共演した。また、キッスのトリビュート・アルバム『トリビュート -KISS MY ASS-』に、ピアノ協奏曲にアレンジした「ブラック・ダイヤモンド」で参加した[51]。同年にメジャー・レーベル「プラチナム・レコード」を設立し、GLAYをメジャー・デビューさせた[52]。同レーベルからは、1996年に自身2作目となるクラシック音楽のコンピレーション・アルバム『Yoshiki Selection II』もリリースされた。

1997年4月20日にボーカリストのToshlがX JAPANを脱退。同年9月22日に都ホテル東京で記者会見を開き、X JAPANの解散を発表した。2000年に新たなボーカリストを加えた形で再結成することや[53]、自身も日本やアメリカで音楽プロデューサーとして本格的に活動することを予定していたが[54]、1998年5月2日にギタリストのHIDEが急逝したことで精神的に落ち込み、頓挫。北野井子DIR EN GREYのプロデュースを手がけるものの、表舞台には一切上がらずにいた。そんな中、『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』の奉祝曲の制作依頼を受け、1999年11月12日に皇居前広場で行われた式典で作曲したピアノ協奏曲「Anniversary」を演奏[3]。この時に受けた歓声が再起の契機となった[55]

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(2.5.ソロ活動(2000-09年))
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出典:Wikipedia
2018/10/04 15:00
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