YOSHIKI
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6.事業活動
6.1.音楽レーベルと録音スタジオ
1986年、Xのレコードをリリースするためにインディーズのレコード会社「エクスタシーレコード」を20歳で設立した。エクスタシーレコードは後にLUNA SEAGLAYZI:KILLを輩出する一大インディーズ・レーベルとなる。また、知り合いのプロダクション代表が、エクスタシーレコードの音源の無断使用で莫大な利益を得ていた一件から、楽曲の権利を守るために1988年に音楽出版社「エクスタシー音楽出版」を設立し、日本音楽著作権協会 (JASRAC) に登録した[150]。1992年には、自身のマネージメントや楽曲の版権を管理する「ジャパンミュージックエージェンシー」を設立している[150]。1994年にポリグラム・グループとプロデューサー契約を結び、メジャー・レーベルの「プラチナム・レコード」を設立した。1998年2月にロサンゼルスを拠点とするレーベル「エクスタシー・レコード・インターナショナル」と[53]、1999年8月に日本を拠点とするレーベル「エクスタシー・ジャパン」を設立した[55]。エクスタシー・レコード・インターナショナルはワーナー・ブラザース・レコード、エクスタシー・ジャパンはイーストウエスト・ジャパン(いずれもワーナー・ミュージック・グループ)と流通契約を結び[53]、エクスタシー・ジャパンにはメディアファクトリーが資本参加した[55]。2008年にExtasy A Musicを、X JAPANのシングル「I.V.」の全世界同時発売時に設立した。

1993年に、ノース・ハリウッド・ランカーシム・ブールバードNoHoアート地区のコンプレックス型スタジオ「ワン・オン・ワン・レコーディング」を買い取り、スタジオAを外貸しとし、スタジオBを自身のプリプロ・ルームとして使用していた。2000年にエクスタシー・レコーディング・スタジオに改称[151]。2003年からはレンタルを一切やめ、完全なプライベート・スタジオとして使用していたが[152]、2012年に17ハーツLLC社に売却[153]。新たに同市カフエンガのカフエンガ・パス・スタジオを買い取り、2012年から自身のプライベート・スタジオとしてソロ・プロジェクトやX JAPAN、Violet UKなどのレコーディングに使用している。売却したノース・ハリウッドのスタジオは、現在17ハーツ・スタジオという名のレンタル・スタジオになっている。1998年には、ビバリー・ブールバードのブルックリン・レコーディング・スタジオを買い取り、エクスタシー・レコーディング・スタジオ・サウスに改称して使用していたが[154]、アメリカのバンドのプロデュース活動から手を引いた2003年に手放している[152]。2001年には、エクスタシー・ジャパンやエクスタシーレコードの原盤制作の拠点となるスタジオとしてエクスタシー・レコーディング・スタジオズ・ジャパンを渋谷区広尾の恵比寿プライムスクエアタワー11階に設立したが[154]、2003年のエクスタシー・ジャパンの活動終了に伴い閉鎖された。

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出典:Wikipedia
2018/07/11 16:00
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