T&E SOFT
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2.T&E SOFT(旧社)
社名は創業者である兄の横山俊朗と弟の横山英二の名前から付けられたが後に「トライ&エキサイティング」の略称へと変わり、最終的に「テクノロジー&エンターテインメント」の略称へと変わっていった。

1982年昭和57年)に工学社パソコン雑誌I/O」にNECのパソコンPC-6001シリーズ向けのゲームのプログラムリストを投稿、掲載し、そのゲームをパッケージ販売することで活動を開始した。1983年(昭和58年)からはI/O誌でのプログラムリスト公開をやめ、PC-6001以外の多機種展開を始め、2月に発売した 3Dゴルフシミュレーションがヒット。以後、国産の8ビットパソコンでは、スターアーサー伝説シリーズ、ハイドライドシリーズDAIVAなどで名を馳せた人気ゲームソフトハウスだった。

16ビットパソコン時代になると、3Dゴルフシミュレーションを引き継いだ1989年平成元年)11月に発売したゴルフゲーム・遙かなるオーガスタシリーズが看板作品になる。3D表示システム「POLYSYS(ポリシス)」を使用し、発表当時にこのシステムで「10年は食う」と公言していた。1990年(平成2年)10月に経営難のクリスタルソフト(XTALSOFT)を救済合併し、T&E SOFT大阪開発部を設立。

1986年(昭和61年)3月に東芝EMI(現ユニバーサル ミュージック日本法人)より発売されたファミリーコンピュータ用ソフト「ハイドライド・スペシャル」の開発で家庭用ゲーム機へ参入。1990年(平成2年)12月ゲームボーイ用ソフト「地球解放軍ジ・アース」から自社ブランド販売でのコンシューマ参入を開始した。1991年(平成3年)4月に発売したスーパーファミコン用ソフト「NEW 3D GOLF SIMULATION1遙かなるオーガスタ」がスマッシュヒットしたことから、徐々にパソコンから家庭用ゲーム機へと活動を移行させた。

1997年(平成9年)に資金難で、横山兄弟の旧知の仲のスクウェア(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)のオーナー、宮本雅史が資金援助をする代わりに筆頭株主となり、後にスクウェア自身も出資する形で兄弟会社になる。

2001年(平成13年)1月15日株式会社ティーアンドイーソフトディズニーと資本・業務提携を行い2002年(平成14年)5月1日株式会社ディーワンダーランドとなった。同社は現在、ゲーム開発事業を行っていないが、旧コンテンツ制作部が独立した株式会社ディープ2005年(平成17年)4月22日ティーアンドイーソフトの商標権を取得し、ゲーム開発を継続した。

2019年3月4日D4エンタープライズ大黒屋グローバルホールディング株式会社が所有していたティーアンドイーソフトゲームコンテンツの知的財産権を取得したことを発表した[1]

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出典:Wikipedia
2019/05/26 22:30
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