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RCDマヨルカ
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概要
レアル・クルブ・デポルティーボ・マヨルカSAD S.A.D.スペイン語: Real Club Deportivo Mallorca, S.A.D., スペイン語: [re?al ?kluβ ?epo??tiβo ma??o?ka], カタルーニャ語: Reial Club Deportiu Mallorca, [r??jal ?klub d?pu??tiw m?????k?])は、スペインバレアレス諸島州パルマ・デ・マヨルカに本拠地を置くサッカークラブ。バレアレス諸島に本拠地を置くサッカークラブの中でもっとも歴史が古い。2019-20シーズンはラ・リーガ(1部)に所属。RCDマジョルカと表記されることもある。

歴史[編集]

その歴史はバレアレス諸島のサッカークラブで最も古く、1916年にエンジニアのアドルフォ・バスケスによって設立された。最初期に使用したスタジアムはブエノス・アイレス(Buenos Aires)と呼ばれ、同年3月25日にFCバルセロナとの間で行われた落成試合は0-8で敗れた。1931年にリーガ・エスパニョーラに初参戦し、テルセーラ・ディビシオン(当時3部)でプレーした。1945年9月22日には新スタジアムのエス・フォルティが落成した。1959年にはセグンダ・ディビシオン(2部)に初昇格し、1年後の1959-60シーズン終了後にはプリメーラ・ディビシオン(1部)初昇格を決めた。1970年代半ばまではプリメーラ・ディビシオンとセグンダ・ディビシオンを行ったり来たりしたが、1970年代後半にはテルセーラ・ディビシオンやセグンダ・ディビシオンB(現3部)に低迷した。1980年代半ば以降は再びプリメーラ・ディビシオンやセグンダ・ディビシオンに定着し、1990-91シーズンのコパ・デル・レイでは過去最高の準優勝という成績を残した。1980年代後半や2000年代前半に在籍したミゲル・アンヘル・ナダルはクラブ史上最多の255試合に出場している。

クラブの黄金期[編集]

1996-97シーズンのセグンダ・ディビシオンを3位で終えてプリメーラ・ディビシオンに昇格すると、1997-98シーズンはコパ・デル・レイで準優勝、リーグ戦で5位となった。1998年夏にはスーペルコパ・デ・エスパーニャで優勝し、クラブ初となる主要なタイトルを獲得した。エクトル・クーペル監督が率いた1998-99シーズンはGKカルロス・ロアサモラ賞を獲得するなど堅固な守備でリーグ戦3位となり、UEFAカップウィナーズカップではオランダのKRCヘンクやクロアチアのNKヴァルテクス・ヴァラジュディンやイングランドのチェルシーFCなどを破って決勝に進出したが、決勝でイタリアのSSラツィオに1-2で敗れて優勝はならなかった。以後はプリメーラ・ディビシオンの中位に定着し、2000-01シーズンは61得点でリーグ戦3位となった。グレゴリオ・マンサーノ監督が率いた2002-03シーズンのコパ・デル・レイでは5シーズンぶりに決勝に進出して、エルチェで行われた決勝でレクレアティーボ・ウェルバに3-0で勝利し、スーペルコパや下部リーグでの優勝を除けばクラブ初となるタイトルを獲得した。2004年夏にエースFWサミュエル・エトオFCバルセロナに売却したため、2004-05シーズンは序盤から低迷し、セグンダ・ディビシオン降格の危機に瀕していた。ベニート・フローロ監督を解任し、クーペル監督にバトンタッチしたが、終盤戦まで降格圏内をさまよい続けた。しかし、シーズン最終盤に驚異的なペースで勝ち点を積み上げ、最終節でプリメーラ残留を決めた。この快挙をマヨルカ地元新聞紙は「マヨルカの奇跡」として称えた。2005-06シーズンは序盤から失点を重ね、4勝7分12敗と降格が濃厚となったところでクーペル監督が辞任した。後任のマンサーノ監督は6勝6分3敗と持ち直し、13位で残留を決めた。2006-07シーズンはMFホナス・グティエレスなどが仕掛けるサイド攻撃がはまり、12位で余裕の残留を果たした。2007-08シーズンはDFダビド・ナバーロ、MFボルハ・バレーロなどの新戦力が活躍したが、特にヘタフェCFからやってきたFWダニエル・グイサは26節からの13試合で16得点と爆発してリーグ得点王(ピチーチ賞)のタイトルを獲得。チーム全体ではリーグ4位の69得点を記録し、UEFAヨーロッパリーグ出場権獲得にあと一歩に迫る7位に躍進した。

破産とクラブの立て直し[編集]

2008年7月22日にはクラブの株式の96%を5000万英ポンド以上の金額でイングランドの投資家ポール・デヴィッドソンに売却することが発表された[1]。しかし、11月にはデヴィッドソンが資金不足から取引を完了させることができないことが明らかにされ、彼のクラブへの興味が売名以上のものかどうか疑問が持たれた。同2008年夏にはグイサやMFアリエル・イバガサなど主力を何人も売却したため、2009年2月にはリーグ最下位に低迷。2009年1月15日、実業家のマテオ・アレマニーがマルティ=ミンガーロ一家から3年ぶりにクラブの経営権を取得すると[2]、頼れるベテランGKドゥドゥ・アワットを獲得するなど、内外でポジティブなチーム作りを進め、後半戦19試合を11勝4分4敗と立て直し、13シーズン連続での残留を決めた。2009-10シーズンはリーグ戦5位でUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得し、コパ・デル・レイでも3シーズン連続での準々決勝進出を果たした。2010年5月下旬、RCDマヨルカは経営破綻を宣言し、4250万ポンドから5130万ポンドと見積もられる借入金の管理は必然的に裁判所の下に置かれた[3]。7月9日、かつての監督ロレンソ・セラ・フェレールやプロテニス選手でマヨルカ出身のラファエル・ナダルなどを含む団体がクラブの経営権を取得した[4][5][6]。しかし、クラブの不安定な財政状況を確認した欧州サッカー連盟(UEFA)は2010年7月22日、RCDマヨルカがUEFA主催の大会に出場する権利を剥奪し、UEFAヨーロッパリーグはビジャレアルCFに譲渡された[7]。ピッチ外でのごたごたや財政難にもかかわらず、ミカエル・ラウドルップ監督に率いられた2010-11シーズンは安定した戦いで14シーズン連続のプリメーラ・ディビシオン残留を決めた。しかし、2012-13シーズンに18位に終わり、2部降格。その後は下部リーグでの闘いが続き、2016年1月、元NBAプレイヤーのスティーブ・ナッシュフェニックス・サンズオーナーのロバート・サーバーによって買収された[8]。だがその後も低迷は続き、2016-17シーズンには2部で20位に沈み1980-81シーズン以来となるセグンダ・ディビシオンB(3部)降格が決定[9]。2017-18シーズンに1年で2部復帰を決めると、2018-19シーズンにデポルティーボ・ラ・コルーニャとの1部昇格プレーオフを制し、2年連続昇格で7年ぶりにリーガ復帰を果たした[10]

クラブ名[編集]

1916年の創設時はスペイン国王のアルフォンソ13世に因んでフンタ・ディレクティーバ・デル・アルフォンソ13世FCB(Junta Directiva del Alfonso XIII FBC)と命名されたが、1917年にはレアル・ソシエダ・アルフォンソ13世 (Real Sociedad Alfonso XIII)とクラブ名を変え、この名称は1931年に政治的な理由でクルブ・デポルティーボ・マヨルカ(Club Deportivo Mallorca)に改名するまで続いた。1949年には国王の庇護を受けてクラブ名にレアル(Real)の単語が冠され、現在のレアル・クルブ・デポルティーボ・マヨルカ(RCDマヨルカ)となった。

ユニフォームの変遷[編集]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

コパ・デル・レイ 優勝 : 1回
スーペルコパ・デ・エスパーニャ 優勝 : 1回
セグンダ・ディビシオン 優勝 : 2回
セグンダ・ディビシオンB 優勝 : 1回

国際タイトル[編集]

UEFAカップウィナーズカップ 準優勝 : 1回

記録[編集]

クラブ[編集]

プリメーラ・ディビシオンでの最高位: 3位(1998-99シーズン、2000-01シーズン)
プリメーラ・ディビシオンでの最大得点差勝利: 7?1(2008年3月9日、ホームでのレクレアティーボ・ウェルバ戦)
プリメーラ・ディビシオンでの最大得点差敗北: 7?0(1988年2月7日、アウェーでのアトレティコ・マドリード戦)
試合開始からの最短得点: 22秒 - ダニ・ガルシア(1999年2月21日、レアル・オビエド戦)
1シーズン最多得点: 61得点(2000-01シーズン)

個人[編集]

通算最多出場: ミゲル・アンヘル・ナダル (255試合)
プリメーラ・ディビシオンでの通算最多得点: サミュエル・エトオ (54得点)
プリメーラ・ディビシオンでの1シーズン最多得点: ダニエル・グイサ - (27得点、2007-08シーズン)
2007-08シーズン ダニエル・グイサ ? 27得点
1998-99シーズン カルロス・ロア ? 35試合29失点、失点率0.83

過去の成績[編集]


28シーズン - プリメーラ・ディビシオン
36シーズン - セグンダ・ディビシオン
3シーズン - セグンダ・ディビシオンB
12シーズン - テルセーラ・ディビシオン
7シーズン - 地域リーグ

現所属メンバー[編集]

※括弧内の国旗はその他保有国籍、もしくは市民権、星印はEU圏外選手枠を示す。

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

パコ・ブーヨ 1975-1976
ボグダン・ステレア 1991-1993
カルロス・ロア 1997-2002
レオ・フランコ 1999-2004
サンデル・ヴェステルフェルト 2004-2005
ミゲル・アンヘル・モジャ 2004-2009
ヘルマン・ルクス 2007-2011

DF[編集]

ミゲル・アンヘル・ナダル 1986-1991、1999-2005
イバン・カンポ 1997-1998
ローレン・エタメ・マイヤー 1998-2000
マルク・ユリアーノ 2005
フェルナンド・ナバーロ 2005-2008
ダビド・ナバーロ 2007-2008
ホセミ 2008-2010
アジョセ 2008-2011
マルティン・ヴァルイェント 2019-

MF[編集]

ゴラン・ミロジェビッチ 1992-1995
クイントン・フォーチュン 1995-1996
ドゥシャン・ペトコビッチ 1996-1997
ファン・カルロス・バレロン 1997-1998
アリエル・イバガサ 1998-2003、2006-2008
フィニディ・ジョージ 2000-2001、2003-2004
ゴンサーロ・コルサ 2003-2004
フアン・アランゴ 2004-2009
クリスティアーノ・ドニ 2005-2006
ボルハ・フェルナンデス 2005-2006
ホナス・グティエレス 2005-2008
アンゲロス・バシナス 2006-2008
ホセ・マヌエル・フラド 2008-2009
ジョナサン・デ・グズマン 2010-2011
家長昭博 2011.1-2014.1
マルコ・アセンシオ 2013-14、2014-15

FW[編集]

マイケル・オビク 1996-1997
アルベルト・ルケ 1997-1999、2000-2002
サンティアゴ・エスケーロ 1998
ディエゴ・トリスタン 1999-2000、2006-2007
ダニエル・ゴンサレス・グイサ 1999-2002、2007-2008
サミュエル・エトオ 2000-2004
ベルナルド・ロメオ 2004-2005
ルイス・ガルシア・フェルナンデス 2004-2005
大久保嘉人 2005-2006
マキシ・ロペス 2006-2007
アルハッサン・ケイタ 2008-2010
トメル・ヘメド 2011-2014
アンテ・ブディミル 2019-
久保建英 2019-

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公式サイト (スペイン語) (カタルーニャ語)
http://www.rcdmallorca.es/en
Futbolmeによるチーム紹介 (スペイン語)
BDFutbolによるチーム紹介
ca:Trofeu Ciutat de Palma de Futbol
出典:Wikipedia
2020/02/26 22:31
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