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7世紀
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3.人物
3.2.キリスト教世界

フランク王国[編集]


ブルンヒルド543年頃 - 613年) - フランク王国アウストラシア王シギベルト1世の王妃・子や孫の摂政となる
ガルス(ガル)(550年頃 - 646年頃) - アイルランド出身の修道士・コルンバヌスの弟子・現スイスのザンクト・ガレン修道院を建立
ピピン1世580年頃 - 640年) - フランク王国の宮宰(在職615年/623年 - 629年)・カロリング家の祖で「大ピピン」と呼ばれる
クロタール2世584年 - 629年) - フランク王国ネウストリア王(在位613年 - 629年)・ブルンヒルドを倒しフランク王国を再統一
ダゴベルト1世603年 - 639年) - フランク王国(統一フランク)国王(在位629年 - 639年)・パリ郊外のサン・ドニ大聖堂を建立
ピピン2世635年/640年 - 714年) - フランク王国の宮宰(在職680年 - 714年)・ピピン1世の娘の子で「中ピピン」と呼ばれる
ウィリブロルド658年 - 739年) - ノーサンブリア出身の修道士・オランダのフリースラント地方で宣教しユトレヒト初の司教を務めた

ローマ教皇[編集]


グレゴリウス1世540年 - 604年)- ローマ教皇(在位590年 - 604年)・ゲルマン系諸民族への宣教を推進・四大ラテン教父の一人
マルティヌス1世(? - 655年) - ローマ教皇(在位649年 - 653年)・単意論の「テュポス」を否定し東ローマ皇帝に追放される

イングランド・アイルランド[編集]


コルンバヌス(540年 - 615年) - アイルランドの修道士・コルンバの弟子・西欧各地にケルト系修道制を伝えボッビオ修道院を建立
エイダン(? - 651年) - アイルランドの修道士・リンデスファーン修道院を建立し北部イングランドの布教に努める
オスウィ(612年頃 - 670年) - イングランド七王国ノーサンブリア王(在位642年 - 670年)・ウィットビー教会会議を開催
ヒルダ(614年 - 680年) - ノーサンブリア王族出身の修道女・エイダンに師事し教会会議開催地ともなるウィットビー修道院を設立
ウィルフリッド(633年頃 - 709年頃) - リポン司教・ウィットビー教会会議ではローマ式典礼側を代表しケルト式典礼派を論破する
カスバート(634年頃 ? 687年) - リンデスファーン修道院長・奇跡譚で知られノーザンバーランドの守護聖人となる
エゼルベルト560年頃 - 616年) - ケント王(在位580年頃 - 616年)・ブレトワルダ(上王)・最初期にキリスト教を受容
キャドモン(7世紀) - イングランドのノーサンブリアの詩人・無学文盲だったが宗教的啓示を得て「創世記」など神を讃える詩を造った

西ゴート王国[編集]


セビリャのイシドールス560年 - 636年) - 西ゴート王国セビリャ大司教・神学者・著作に『語源論』がある・長兄レアンデルも神学者
レケスウィント(? - 672年) - 西ゴート王国国王(在位649年 - 672年)・西ゴート法典を公布・「グアラザールの宝物」でも有名

ブルガリア[編集]


アスパルフ644年頃 - 700年頃) - 第一次ブルガリア帝国の建国者(在位681年 - 700年頃)・プリスカを都とし東ローマから自立

東ローマ帝国[編集]


ヘラクレイオス575年 - 641年) - ヘラクレイオス朝の東ローマ皇帝(在位610年 - 641年)。シリア・エジプトを喪失・「エクテシス」を発布。
マルティナ(? - 641年以降) - ヘラクレイオス帝の後妻で実の姪・実子ヘラクロナスを皇帝として擁立するも反乱により失脚
コンスタンス2世ポゴナトス(630年 - 668年) - ヘラクレイオス朝の東ローマ皇帝(在位641年 - 668年)・「テュポス」を発布。
コンスタンティノス4世650年頃 - 685年?) - ヘラクレイオス朝の東ローマ皇帝(在位668年 - 685年)・イスラムに反撃を開始。
セルギオス1世(? - 638年) - コンスタンティノポリス総主教(在位610年 - 638年)・単意論をまとめ「エクテシス」を起草。
ソフロニオス560年 - 638年) - エルサレム総主教(在位634年 - 638年)。キリスト教神学者・単意論に反対するがウマル憲章は受容。
ヨアンネス・クリマコス579年 - 649年) - シナイ山聖カタリナ修道院長。修道生活の手引きとなる『天国への階梯』を執筆。
マクシモス580年頃 - 662年) - 東ローマ帝国神学者修道士(証聖者・表信者)。書簡「神学と受肉の摂理について」が有名。
カーヒナ(? - 698年) - 北アフリカのベルベル人の女王・東ローマ帝国軍とともにカルタゴの戦いで戦うがイスラム軍に敗北し戦死。
ヘリオポリスのカリニコス(生没年不詳) - 東ローマ帝国の技術者・コンスタンティノポリス包囲戦で使われた「ギリシア火」を開発か。
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出典:Wikipedia
2020/02/24 10:00
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