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1998年のMLBシーズン最多本塁打記録対決
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1.概要
数名の選手のみではあるが、1998年以前にもロジャー・マリスの61本塁打のシーズン記録を破る寸前まで来ていた選手も存在していた。

232日間に及ぶ長期ストライキが実施されてシーズンが途中で中断された1994年にはサンフランシスコ・ジャイアンツマット・ウィリアムズが112試合出場で43本塁打(残り47試合)、シアトル・マリナーズケン・グリフィー・ジュニアは111試合出場で40本塁打(残り50試合)とそれぞれ中断時にシーズン61本、58本のペースで本塁打を量産していた。

1995年クリーブランド・インディアンスアルバート・ベルセシル・フィルダー以来、5年ぶりにシーズン50本塁打を達成した打者となった。

1996年には50本塁打以上の打者が2人出現した。ボルチモア・オリオールズブレイディ・アンダーソンは前年の16本塁打から3倍以上も増やす50本塁打を放ち、オークランド・アスレチックスマーク・マグワイアは130試合出場ながら52本塁打を放った。

1997年はグリフィーが56本塁打で2位に12本差を付けてアメリカンリーグ本塁打王のタイトルを獲得したが、マグワイアはナショナルリーグセントルイス・カージナルスへシーズン途中に移籍したにも関わらず、両チームの本塁打王を上回る58本塁打を記録した(ナショナルリーグの本塁打王はコロラド・ロッキーズラリー・ウォーカーで49本塁打)。

1998年はスプリングトレーニングの時期からマグワイアやグリフィーがマリスのシーズン本塁打記録を更新する可能性について盛んに語られ、注目されていた。この年は5月終了時点ではカージナルスのマグワイアが27本塁打、シカゴ・カブスサミー・ソーサが13本塁打と14本の差があったが、ソーサが6月に月間新記録となる20本塁打を記録し、7月10日にはマグワイアが37本塁打、ソーサが35本塁打と2本差にまで縮めた。

マグワイアは9月8日の対カブス戦でスティーブ・トラクセルから62号本塁打を放ち、マリスの記録を破った。祝福の輪には右翼の守備位置からソーサも駆けつけ、2人でお互いにキスを投げ合って親密ぶりを見せた。マグワイアはその後に一塁側スタンドに駆け込み、かつての記録保持者マリスの遺族と抱き合った[1]。ソーサも9月13日に62号本塁打を放ちマグワイアと並んだ。65本塁打で並んで迎えた9月25日の試合では共に66号本塁打を放ち2試合連続で並んだ。マグワイアは残りの2試合で2本塁打ずつを放ち、70本塁打でシーズンを終えた。ソーサは残りの3試合で本塁打が出ずに66本塁打で終了したが、打率.308・158打点(マグワイアは打率.299・147打点)を記録して打点王のタイトルを獲得し、MVPも受賞した。

シーズン前にはマグワイアと共に本塁打記録の更新が期待されていたグリフィーは7月10日時点でマグワイアと同数の37本塁打を記録していたが、その後に失速して56本塁打に終わり、アメリカンリーグの本塁打王のタイトルを獲得した。