1970年の日本シリーズ
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1.概要
川上哲治監督率いる読売ジャイアンツと濃人渉監督率いるロッテオリオンズの対決となった1970年の日本シリーズは、ジャイアンツ(giants)とオリオンズ(orions)の頭文字をとって「GOシリーズ」とマスコミから呼ばれた[1]。巨人が4勝1敗で勝利し、6年連続12度目の日本一。ジョージ・アルトマン山崎裕之池辺巌アルト・ロペス、有藤と本塁打20本以上が5人の強力打線だったロッテを巨人は封じた。第1戦では4番のアルトマンを徹底的にマーク。5打席中3度の敬遠(4四球)。そして5番の有藤通世と勝負して、強力打線を抑えた。

当時ロッテの主力投手だった村田兆治(このシリーズでは登板なし)は「小山さん、木樽さん、成田さんの三本柱のロッテが勝つと思ったが、やはりONがいる巨人は強かった」[2]と述べている。

両翼が90mしかなかった東京スタジアムでは、長嶋茂雄の4本の他両チーム3試合で合計9本の本塁打(特に第4戦は5本)が飛び出した。

この年は文京区後楽園球場荒川区東京スタジアムでの開催となり、同時に日本シリーズが同一の都道府県で開催される史上初の事例となった(上記のGOシリーズとは別に東京シリーズとも呼ばれていた[3])。また、東京スタジアムでの日本シリーズはこの年が唯一である。この年と同様、同一の都道府県での日本シリーズは1981年にもあり、同年は当時後楽園球場をいずれも本拠地としていた巨人と日本ハムの対戦だったため、全試合が同じ球場で開催された唯一の日本シリーズとなっている(後楽園シリーズ)[4]

この試合におけるロッテの宿舎は選手の自宅ではなく大田区池上本門寺であり、自動車で東京スタジアムまで約2時間かかっており[5]、宿舎と球場の距離が遠すぎたことも日本一を逃す要因となった。

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(2.1.第1戦)
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出典:Wikipedia
2019/12/22 17:31
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