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1946年のスポーツ
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9.野球
9.1.日本

プロ野球[編集]


第二次世界大戦が終わった翌年の1946年、日本プロ野球は1944年以来2年ぶりに公式戦を再開したが、兵役についていた選手たちが元の球団に復帰するかどうかで揉め事があった。当時は「元いたチームが敗戦前に解散していれば元のチームに戻る必要はないが、元いたチームが敗戦後も解散せずかつチームから何らかの形で給与を受けていた場合は、敗戦前に所属していたチームに復帰しなければならない」という決まりがあった。しかし東京巨人軍からはヴィクトル・スタルヒン白石敏男が、阪神からも藤井勇が、球団の許可なくパシフィックへ入団してしまった。これによりパシフィックは連盟から問題が解決するまで3選手の出場を禁止するように言い渡されたが、藤本定義監督は3選手を5月下旬に行われた4試合に出場させてしまった。このことで巨人と阪神はパシフィックを提訴した。提訴が受け入れられ、3選手が出場した4試合は全て0-9でパシフィックの敗戦となったが、パシフィックの実際の勝敗は1勝3敗であった。その1勝はこの年巨人と優勝争いをしていたグレートリングから上げたものだったため、ライバルに1勝をプレゼントしてしまう結果となった。最終的に1ゲーム差でグレートリングが優勝し、同率でプレーオフとなるはずが提訴をしたために巨人は優勝を逃した。

優勝:グレートリング 65勝38敗
個人タイトル
最優秀選手 - 山本一人(グレートリング)
首位打者 - 金田正泰阪神) .347
本塁打王 - 大下弘セネタース) 20本
打点王 - 山本一人(グレートリング) 95点
最多安打 - 金田正泰(阪神) 152本
盗塁王 - 河西俊雄(グレートリング) 39個
最優秀防御率 - 藤本英雄東京巨人軍) 2.11
最多勝利 - 白木義一郎(セネタース) 30勝
最多奪三振 - 真田重蔵パシフィック) 200個
最高勝率 - 藤本英雄(東京巨人軍) .778

大学野球[編集]


各地で連盟活動が再開(東京六大学野球、東都大学野球、関西六大学野球など)
東京六大学野球[編集]
春 - 5月19日に上井草球場で開幕式。前半戦は上井草球場、後半戦は後楽園球場での1回戦制。
慶大が全勝(東大が2位)。
秋 - 神宮球場を一部開放。また秋季から天皇杯が下賜される。
早大が10勝1敗で優勝。

中等野球[編集]


第28回全国高等学校野球選手権大会決勝(阪急西宮球場8月21日
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(8.1.グランドスラム)
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(9.2.アメリカ大リーグ)
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出典:Wikipedia
2019/11/11 20:01
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