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10.20成田現地闘争
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3.事件のその後
この作戦の立案と「偽装消防車」の製作は数年前から準備していたといわれている。極左過激派や暴徒化した一部市民による騒擾を許してしまっただけでなく、空港中枢部までをも損壊される事態となったこの事件について、事前に兆候を察知できなかった警察は世論の猛烈な批判を浴び、周辺住民からも「デモ隊には地元の人はほとんどいない。みんな他人のマチだと思ってひどいことをする。暴れた連中はみんな捕まればいい」「火炎瓶やたくさんの石の持ち込みをチェックできなかったなんてだらしない。市街地で迎え撃つ警備も、住民の保護なんて無視したひどいやり方だ」と双方に対する怒りの声が上がった[2]

この事件は、成田空港開港以降としては最大規模の反対派と警察の衝突であった。しかし、1990年代ごろから、成田空港問題円卓会議などの政府側と一部反対派住民らとの話し合いが行われ、成田空港建設に際しての手続きの不備や精神的苦痛について内閣総理大臣村山富市による謝罪がなされたことなどから、衝突事件は少なくなり、1995年(平成7年)以降、空港2期工事への用地買収に応じる農民も増えた。

1992年12月には第2旅客ターミナルが供用を開始したほか、東峰地区の未買収地を避けて当初計画よりも北に移動する形でB滑走路の2,500m化が進められ、2009年10月22日から供用された。一方で、現在でも移転に応じない農民や極左過激派構成員らが、空港整備予定地内で生活・耕作・活動を続けており、誘導路の線形等に支障をきたしている状態が継続している。

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(4.最後の大闘争)
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出典:Wikipedia
2019/12/18 18:31
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