007は二度死ぬ
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2.映画
2.7.エピソード

配役[編集]


脚本に起用されたロアルド・ダールは、プロデューサーのブロッコリとサルツマンから、「女性を3人出し、最初の女はボンドの味方で敵方に殺され、2番目の女は敵の手先でこれも殺され、3番目の女は殺されず映画の終わりにボンドがものにするように」と指示された。これにより原作に登場するキッシーに、スキとヘルガを加えた3人の登場が決まった。2人の準主役級ボンドガール(敵方のヘルガを除く)が登場するという、異例のキャスティングになったのはこの為である[18]
当初は若林映子が海女のキッシー鈴木 (Kissy Suzuki) 役で、浜美枝が公安エージェントのスキ (Suki) 役の予定だった。撮影が始まる前、若林・浜とタイガー・田中役の丹波哲郎は英語特訓のため数週間ロンドンに留学するが、ギルバート監督は浜の英語力ではセリフが難しいスキ役は無理と判断し更迭を考え、丹波に浜の説得を依頼した。だが渋々承知した丹波に翌日ギルバートが結果を尋ねると「浜はホテルの窓から飛び降りると言っている」と聞かされた為、ギルバートはブロッコリと相談の上、2人の役を入れ替え、キッシーのセリフも大幅に減らして、逆にスキの出番を増やすことにした[19][20][21]。またこの際、当初のスキという日本人に馴染まない名前が、若林映子の名前「あきこ」を取ってアキに変更された。一方、キッシー鈴木という役名は原作通りだが、鈴木の姓は劇中では言及されていない。これはキッシーの出番を大幅にカットしたことから生じたミスで、仮編集の段階ではキッシーの名前さえ登場していなかった。これに気付いた監督が、慌てて1つだけ撮ってあったキッシーの名前が出るシーンを差し込んだのだという。
浜は東宝の演技課に言われるまま、何の予備知識もなしにホテルニューオータニへ行くとブロッコリらと面会し、本作での起用を告げられたという。ロンドン滞在中は、現地の女性スタッフと部屋を共同で借りていた。ある晩、突然の来訪者があり、誰かと思ったらショーン・コネリーだった。ペットの大型犬をその女性に預かってもらいに来たという。定時の撮影後は、スタッフらから酒宴の誘いが毎晩あり、浜はこれを敬遠した。すると件の女性から「ニンニクを食べてたら寄りつかないわよ」と助言され、ニンニクをせっせと食べるようにしていたところ、ケン・アダムスから「ニンニクちゃん(ガーリック・ベビー)」というあだ名を付けられた。また一度ダンスホールに誘われて踊っていたところ、ちょうどロンドンに滞在中だった三船敏郎が間に入って来て刀を抜く真似をし、「日本人の誇りを忘れるな」と一喝されたという[22]
若林や浜と違い、すでにイギリス映画出演の経験があった丹波は、この後も何かにつけてプロデューサーや監督と日本人俳優やスタッフとの間に立って潤滑油としての役割を果たしたという。丹波は早口で難しい言葉を連発するタイガーのセリフを全て英語でこなしたが、彼の英語は発音が悪く「日本の公安のトップとしての説得力に欠けるものがあった」為、本編ではイギリス人俳優ロバート・リーティーが丹波のセリフを吹き替えた[23][24][25]。浜も発音できないフレーズがあり、女優モニカ・ヴァン・ダ・ジルが浜のセリフを吹き替えた。なお浜によると、日本人の奇天烈な描写に関しては丹波と共に指摘を行い、かなり修正させたという。
大里化学の社長室で格闘する相手は日本人ではなく、アメリカ領サモア出身のプロレスラー、ピーター・メイビアである。また、ブロフェルドの手下で要塞エンジニアのスペクターNo.3役で登場するバート・クウォークは、『ゴールドフィンガー』でも同じようなゴールドフィンガーの手下でエンジニアの「リン氏」役で出演している。クウォークは複数のボンド映画に出演した数少ない悪役の一人である。また、ピーター・セラーズ主演の『ピンクパンサー』シリーズでクルーゾー警部の助手(ケイトー)役を演じていた。
よく聞くと、タイガーやアキはボンドを「ボンさん」と呼んでいる。原作には日本人はBONDのDが発音できないと言う文があり、これに従ったと推測されている。
タイガーとキッシーは最終決戦に進んで参加するシリーズ最初の協力者とボンドガールである。

撮影[編集]


前4作まで撮影を担当したテッド・ムーアに代わって、本作は『アラビアのロレンス』など多くのデヴィッド・リーンの作品を手掛けたフレディ・ヤングが担当した。
ヤングはブルーバック合成を大胆に取り入れたり、高さ45m、東京ドーム一個分の巨大なスペクター基地の撮影を難なくこなすなど、その手腕を余すことなく見せつけた。
本作には大相撲本場所の様子が登場したり、忍法や居合術を見せる場面があったり、日本式の結婚式の模様が詳しく紹介されているが、これらにはそれぞれ劇中の数分間を割いており、従来のボンド映画とは一線を画す演出となっている。これはイアン・フレミングの原作がやはりそのような書き方になっているため。後半が原作を大幅に脚色したスペクタクル巨編となっている一方で、全体としては日本文化に並々ならぬ興味を持っていたフレミングの精神を尊重するという、独特な作風が本作の大きな特徴である。
ロケハンのために、監督を初めとするスタッフはヘリコプターを借りて日本全国を飛び回った。
大里化学本社の外観はホテルニューオータニで撮影した。ただし、映画でボンドはヒルトンホテルに宿泊しているといっている。これはショーン・コネリーが日本滞在中に東京ヒルトンに宿泊する際、このセリフを入れるかわりに宿泊費の大幅割引をプロデューサーが頼んだため[26]
コネリーらの一行は東京に到着するなりファンとマスコミに取り囲まれ、プロデューサーのブロッコリは宿泊先の東京ヒルトンで急きょ記者会見を設けた。疲労し苛立っていたコネリーは、会見に開襟シャツとスラックス姿でソックスを履かず、(当時から薄毛で撮影時は使用していた)かつらも付けずに現れ、無愛想に振舞った。またこの会見で、コネリーはボンド役を引退することも明らかにした[27]
ボンドカーとカーチェイスの末、富士スピードウェイ内の道路でボーイング・バートルV-107に吊るされ、そのまま東京湾に捨てられた大里化学から差し向けられた殺し屋のトヨタ・クラウンが、その後回収されないまま東京湾に沈んでいるという噂があったが、制作補として撮影に関わった大映テレビ(当時)の小山信行はインタビューで「すぐにダイバーが潜って引き上げた」とこの噂を否定している[28]
神戸港の第8突堤で撮影されたスポットは、1995年1月の阪神・淡路大震災で倒壊した。その神戸での格闘シーンでは、かつて笑点の座布団持ちで親しまれた松崎真が出演している。
ブロフェルドの隠れ家は、原作では海岸沿いの古城ということになっている。しかし、プロダクション・デザイナーのケン・アダムは、日本で撮影に使用できるそのような城はありえないことを知り[29]、これが火山火口内の秘密基地というアイディアに繋がる。一方「画になる古城」の方は、姫路城がタイガーの忍者部隊の訓練施設として登場した。
姫路城での忍者部隊役で戦うシーンに極真会館所属の大沢昇加藤重夫が出演した[30][31]。この撮影には各流派の空手家が集まっていたが、撮影の合間にも大沢と加藤は練習していた。その熱心さにショーン・コネリーが彼らを気に入り「あなた達の道場に行きたい」と言い、1966年(昭和41年)9月3日にコネリーが極真会館本部道場に来訪して演武会が行われた。大沢、加藤の他に大山茂郷田勇三芦原英幸らが参加し、数々の試割り演武を披露した。なお、コネリーには名誉参段が贈呈された[32]
姫路城は日本国外の映画撮影許可に関して慎重になっているが、この映画が原因である。特殊部隊訓練シーンの撮影の際、城壁にを掛け、そこに手裏剣を投げ込むシーンなどが撮られたが、外れた手裏剣が城壁に当たったり、振り回した長刀が当たったりして傷を刻んでしまった。これに閉口した文化庁は、以後姫路城での映画撮影を原則禁止した。1995年に放送された『探偵!ナイトスクープ』には、ロケ当時の姫路城館長が出演し、「そのような行動で国宝に傷を付けるとは何事かと立腹し、映画会社に損傷した城壁を全部綺麗に修復させた」というエピソードを語っていた。
漁村のシーンが撮られた鹿児島県坊津は、「神戸と上海の間にある島」として登場する[33]。また、町民の長年の陳情を受けて、撮影の前年に補強されたコンクリート製の桟橋が「映画の雰囲気に合わない」という理由により、一夜にして木製のものに作り替えられるなど、トラブルも多かったという[34]。一方、毎日大勢のスタッフ等が大量のビールを消費するなどしたため、近所の商店で大儲けをしたところもあったという[35]。現在は町を見下ろす高台にショーン・コネリー、丹波哲郎らのサインの入った記念石碑が建てられ、観光スポットとなっている。
坊津で撮影が始まると、困ったのは肝心の海女が潜れないという笑うに笑えない確認漏れだった。浜美枝は泳げるが泳ぐのがやっとというレベル、海女役の日本人エキストラたちも泳げるが潜水は自信がないということだった。「それなら私がやるわ」と名乗り出たのがショーン・コネリーに同伴していた妻のダイアン・シレントだった。シレントは子供の頃から泳ぎが得意で潜水も長時間できた為、映画でキッシーが潜るシーンは全てシレントが演じた[19][20]
海女の少女役で松岡きっこが数秒だけ出演したが(ボンドの操縦する小型のオートジャイロを見上げる役)、それでも厳しいオーディションがあったと本人が語っている。
米ソのロケット打ち上げのシーンでは、実際のロケット打ち上げの映像が使用された。アメリカの打ち上げシーンは、当時進行していたジェミニ計画タイタンIIロケットの打ち上げをクルーがケネディ宇宙センターに赴いて撮影した。だがソビエトの打ち上げシーンではボストーク計画が当時まだ最高機密に属しており、R-7ロケットの形状や打ち上げ等を記録した画像が西側はおろかソ連国内でも公開されていなかった。そこで製作スタッフはジェミニの前のマーキュリー計画で使われたアトラスロケットの打ち上げを記録したストック映像を入手、これをボストークの打ち上げシーンに使用した。しかし、編集ミスにより本編では映像が米ソ 逆になっている。
ブロフェルドの要塞が忍者隊の総攻撃を受けて爆発炎上するラストのシーンを撮影中に、爆発の轟音に驚いたブロフェルドのペルシャネコが膝の上から飛び跳ねて逃げ出し、行方をくらました。広いセットの中で怯えた猫一匹を探し出すのは至難の業で、セット用の木材の陰に潜んでいたのが発見されたのは何日も経ってからのことだった。ところが誰が何を思ったのか、この発見されたときの震えが止まない哀れな猫の姿をフィルムに収めていた者がおり、しかも本編の中で使用された。要塞総攻撃が始まり司令室の防御シャッターが鋭い金属音をたてて閉まると、これに驚いたペルシャネコがアップで映し出されるカットがそれである。
本作はボンド映画でイギリス本土のシーンが1つもない唯一の作品である(イギリス領香港のみ)。
劇中、人工衛星がソビエト連邦の手により粉砕されたと感知したアメリカ軍が軍用機を大挙ソビエト連邦に飛ばす場面があるが、全て滑走路で実機を飛ばして撮影している。その中には今でも現役であるB-52、現在は既に退役しているF-100、B-47などが見られ貴重であり実際に離陸させ緊迫感を出す効果を挙げた[36]。しかし、当時はまだソ連製の空軍機がまだ世間に非公開の時代で撮影許可が下りず旧式化したMiG-15などを飛ばして表現している。
劇中、ボンドが棒術の稽古をするシーンでコネリーの指導をしたのは、日本武術研究者のドン・ドラエガー (Donn F. Draeger)であった[37]
地下基地の撮影セットのレーダーはイギリスドラマ『謎の円盤UFO』でも流用され、イギリスが舞台ながら日本列島が映っている。

ボンドカー[編集]


本作ではトヨタ自動車が自動車のプロダクトプレイスメントの独占契約を結んでいたため、ボンドカー2000GTを始め、二代目クラウン三代目コロナなどが登場する。
2000GTは、人気投票では常に上位にランクされるシリーズの中でも代表的なボンドカーの1つだが、車載テレビ電話などの特殊装備はあるものの、歴代作品に見られるミサイルなどの攻撃用の特殊装置類は一切搭載していない。
映画に使われたのはコンバーチブル仕様の特注車で、2台製作された。クーペでは当時映画撮影がままならないとの事から採用の条件としてオープンカーであることが映画撮影会社から求められ、二週間で設計をし直し急遽これを屋根が着脱できるタルガトップ式に一週間かけて改装することになった。2000GTは車高が非常に低く、身長188cmのショーン・コネリーが座ると頭が開口部からひょこんと出てしまい、肩をすくめて首を傾げても窮屈なほどで実に滑稽な有様になってしまった。そこで、フロントガラスのフレームだけを残しあとは全て取り払ったコンバーチブルに再改装したが、大至急の改造だったため幌屋根が付けられず、座席後方には幌カバーらしく作ったダミーを装着してごまかすことにした。こうして出来上がった車は、屋根がないのでさすがに「コンバーチブル」とは呼べず、そのため名称は「2000GT オープントップ」に落ち着いた。
ところがいざ撮影が始まると、今度はアキ役の若林映子が車の運転ができないと判明。そもそも当初の脚本ではボンドがこの車を運転することになったが、ストーリーの展開上アキがこれを運転することに変更された。この後で若林と浜美枝の役柄が交換されたが、その際誰も若林に運転免許の有無を確認していなかった。このためクロースアップのシーンは停車している車をスクリーンプロセス撮影で撮り、遠景は日本人の男性ドライバーにかつらとスカーフを被せてこれを運転させた。なおボンドも本作では車を全く運転しないが、歴代007映画では唯一の事例である。
この2台のボンド仕様車のうち、撮影に使用された1台は現在トヨタ博物館に展示されている。スペア用の2台目はヨーロッパでの雑誌取材やモーターショー出展後に日本へ戻っていたが、ごく一部の者以外はその所在を知る機会がなかったために様々な憶測を呼んでいた。しかし2011年11月にある自動車雑誌の取材により2台目が日本国内(鹿児島市)に存在すること、また徹底的なレストア作業中であることが報告された。[38]
英語圏に於いては上述の理由からボンドカーではなく、ボンドビークル(乗り物)というカテゴリーになり、本作のメイン・ビークルはリトルネリーである。ピアース・ブロスナンは乗ってみたいビークルとして本機を挙げている。

ボンド[編集]


ボンドがMやマネーペニーと会うのは香港のビクトリア・ハーバーの海底で待機していたイギリス海軍の原子力潜水艦の中という設定。ここでボンドとマニーペニーは007映画の中で初めて海軍制服を着た姿で登場する。またマネーペニーがボンドに「中佐」と呼びかけるのに対して、ボンドはマニーペニーのことを「中尉」と呼んでおり、彼女の階級もここで初めて明らかにされている。[39]
ボンドの結婚は『女王陛下の007』でのテレサ(トレーシー)との一度きりだが、本作でのキッシー鈴木との偽装結婚もあわせて厳密には二度。なおジョン・ピアソンの仮想ボンド伝によれば、キッシーはボンドの子を身籠っており、秘かにこの子を出産、鈴木ジェームズ太郎 (James Taro Suzuki) と名付けたことになっている。「太郎」はボンドが本件の任務で使用した日本名でもある。
ボンドは日本人になりすますためにメイクを用いて変装する。そもそも当時の日本人とは体格からして違うボンドを、タイガー・田中配下の公安専属美人エステティシャンたちが肌を染めたり眉毛を切ったりして、「ちょっと見た目には日本人と区別できない」ほどの出来にしてしまうというのは、ボンド映画ならではのお愛嬌。胸毛を剃られようとするとボンドが勘弁してくれと懇願するくだりは、意図的に挿入された内輪ジョークである。ショーン・コネリーはセックスシンボルとして当時の女性から人気が高く、その毛むくじゃらの広い胸板は彼の看板になっていた[40]。世間受けするセクシーな男性の胸は今でこそスムーズなものが主流だが、当時は逆に胸毛が男らしさの代名詞だった[41]。このような点も作られた時代を反映している007シリーズの特徴と言える。
映画の冒頭で、マネーペニーがボンドに渡す日本語の本は Instant Japanese: A Pocketful of Useful Phrases(インスタント・ジャパニーズ: ポケットいっぱいの役に立つフレーズ集)という本。Masahiro Watanabe、Kei Nagashima 共著の1964年に初版された実在する本である[42]。これをボンドは「ケンブリッジ大学では東洋言語を専攻して学位を得ている」と言ってマニーペニーに放り返すが[43]、劇中でボンドが使った日本語は「コンニチハ」などごくわずかで、真偽のほどは確かではない。
なお本作でボンドは全編を通じて「覆面捜査」を行っているので、「Bond, James Bond」というシリーズお馴染みの決めセリフを使っていない。劇中ボンドが「Bond, James Bond」と言わないボンド映画は、本作と『007 慰めの報酬』の2本である。
また、コネリー主演の一連の作品(『ネバーセイ・ネバーアゲイン』も含む)の中で唯一制服姿を披露し、タキシード姿にならない作品でもある。
リトルネリーを操縦する時のボンドの出で立ちは記者会見時のような開襟シャツにスラックス、裸足にサンダルという、らしからぬ格好である。
ダイヤモンドは永遠に」の最初のシーンの場所は(おそらく)日本であり、ボンドが登場するときの最初の服装は上記のものを彷彿とさせ、「ダイヤモンドは永遠に」があたかも本作の直接の続編かのように描写をしている。
フランク・マッカーシーが描いた火山のアートワークに於いて、ボンドはタキシードに地下足袋という奇抜な格好をしている。
[4]前ページ
(2.6.登場アイテム)
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(2.8.主題歌)
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出典:Wikipedia
2019/06/29 11:00
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