北諸県郡
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2.歴史
2.1.郡発足までの沿革
明治初年時点では全域が薩摩鹿児島藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている、諸県郡のうち後の本郡域の明治初年時点での村は以下の通り[1]。(41村)
都城郷 - 安永村、横市村、上水流村、西岳村、野々美谷村、下水流村、岩満村、丸谷村、山田村、中霧島村、五十町分村、宮丸村、川東村、郡元村、上長飯村、下長飯村、梅北村、金田村、高木村、豊満村、安久村、宮村、長田村
勝岡郷 - 樺山村、蓼池村、餅原村
山之口郷 - 山之口村、花木村、富吉村
高城郷 - 東霧島村、大井手村、桜木村、穂満坊村、石山村、有水村、四家村
高崎郷 - 大牟田村、前田村、縄瀬村
野尻郷(一部) - 笛水村、江平村
明治3年(1870年) - 五十町分村が改称して五十町村となる。
明治4年
7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により鹿児島県の管轄となる。
11月14日(1871年12月25日) - 第1次府県統合により、後の北諸県郡域のうち野尻郷が美々津県、残部が都城県の管轄となる。
町畠村が帖村に合併。
明治5年5月15日1872年6月20日) - 後の北諸県郡域の全域が都城県の管轄となる。
明治6年(1873年1月15日 - 全域が宮崎県(第1次)の管轄となる。
明治9年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により鹿児島県の管轄となる。
明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての諸県郡が発足。郡役所が都城に設置。
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(1.郡域)
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(2.2.郡発足以降の沿革)
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出典:Wikipedia
2019/03/28 08:30
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