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豊川良平
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1.生涯
1.1.学生時代まで
嘉永5年1月16日1852年2月5日)、土佐藩御殿医・小野篤治と母・録の長男として高知市南奉公人町で生まれる[1]。父・篤治は岩崎弥太郎の母・美和及び岡本寧浦の妻・ときと兄弟にあたる[2]。少年時代から史記春秋左氏伝資治通鑑を学んだ[3]慶応3年(1867年)に篤治が亡くなると伯父(篤治の兄)・順吉を養父とした。養父没後、親戚の吉村家に入り[1]藩校致道館の下塾に徳弘為章や従兄の岩崎弥之助らと通って漢学を学び、2年後の明治2年(1869年)に洋学に転じている。また、明治3年(1870年)に豊川良平に改名した。

明治3年に大阪の土佐藩邸にいる岩崎弥太郎のもとに移り、開成所(東京の開成所とは別)や岩崎英学塾で、弥之助や近藤廉平とともに英語を学んだ。1873年(明治6年)に上京して明治6年に慶應義塾に入り、1875年(明治8年)4月に変則科第3期卒業生の一人として卒業した。同級生に鎌田栄吉がいる。卒業後、浪人しながら馬場辰猪の姪・屋寿と結婚した。

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(1.2.社会人以降)
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出典:Wikipedia
2019/12/23 13:02
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