明六雑誌
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3.『明六雑誌』
3.4.影響について

読者層[編集]


明六社が発足してより約一年後、社長であった森有礼は『明六雑誌』の毎月の売れた部数は平均3205冊であると演説で述べている。現在の我々の感覚からすると、存外少ない観があるが、雑誌というものが初めて登場した明治初期にあってこれは驚異的な売れ行きであったと言わねばならない[12]。それは広範な読者層を想定させるに十分であろう。また『明六雑誌』の論説は、各地の新聞に(無断?)転載されることも多かったので、さらに一層の広がりを持っていたといえる。雑誌に対する熱い支持は、以下のような新聞への投書に見ることができる。
明六雑誌は当今の有名の諸学士論著する所にして、議事の確、行文の実なる、其警醒〔けいせい、警告・注意喚起〕の益、提撕〔ていせい、後進を励まし指導すること〕の功に於て他書の比す可きに非れば、在官伏野を問はず必らず一部を挟んで之を読まざるを得ず。(『横浜毎日新聞』明治7年5月2日、〔〕内加筆者)
数々の投書にある署名からして、官吏や学生、書生、村役人、旧士族豪農、豪商など知識人層に読まれていたことが分かる。地域という点からいえば、雑誌は東京周辺だけで読まれただけではなく、大阪広島青森など全国各地の人士にも読まれていた。その中に植木枝盛がいた。彼は16歳の時『明六雑誌』を読み、感動して高知から上京して定例演説会に足繁く通うほどであった[13]。植木は明六社の演説会と『明六雑誌』に触れて自由民権に目覚めていったが、これは『明六雑誌』が、地方人士の自由民権運動に参加するきっかけとなった一例である。
『明六雑誌』の登場と広範な読者の獲得、その論説の地方新聞への転載とそれへの反響としての読者の投稿、これらは様々な問題関心を共有する言論空間を生み出した。各地の知識人層を、自由民権問題を通じて結びつかせ、同じ問題意識を共有させたといえる。それは明六社が標榜する啓蒙の成功を意味した。この言論空間の痕跡は以下に見るように、現在の我々が使用することばにも見つけることができる。

和製漢語[編集]


新思想の紹介は、必然的に新たな語彙の発明を伴う。それまで無かった概念にネーミングする必要があるからである。そしてその定着の為には、その語彙を使用する共通の場とある程度の広がりが必要とされよう。『明六雑誌』はそれを提供する役割を果たした。上記“individual”に当てられた様々な訳語はその一端であるが、“individual”の場合、『明六雑誌』の訳語は定着しなかった。しかし文明開化に非常な影響力を持っていたこの雑誌に由来する新語彙・訳語は多い。それらは、いわば『明六雑誌』発の和製漢語である。あるいは、発明せずとも雑誌で使用されることで一般化した語彙もある。両者を分かつことは難しいので厳密には分類せず、『明六雑誌』に登場し、現代まで残った語彙のうち代表的なものを列挙する。
科学、農学、洋学、洋風、珪素、砒素、電磁、冤罪、検事、議会、領事、領事館、圧政、学制、原価、資金、外債、社交、社用、官権、広告、眼識、痴呆、熱心、保健、確保、確立、過食、玩具、現象、工場、申告
この他従来からあったことばや中国由来のことばを借用し、意味を転用したものもある。代表的なものとしては「国債」、「哲学」、「社会」などがある。
定着した新語彙のうちのいくつかは、その後東アジアにおとずれた日本ブームによって、隣国の中国や朝鮮にも伝播した。「社会」などは元々南宋の書『近思録』(朱子呂祖謙共同編集)に登場する語彙であるから、装いも新たに大陸に逆輸入されたといってよい[14]。そうした側面からすると、『明六雑誌』の影響は日本国内に留まるものではなく、周辺諸国にも及んでいたと言える。
[4]前ページ
(3.3.主要な論争)
[6]次ページ
(3.5.『明六雑誌』の停刊)

12. 読書の変遷 - 読書という行為が時代により、そのあり方が異なるのはロジェ・シャルチエ前田愛らが指摘するとおりである。現在は基本的に各個人が自分のために書籍一冊を購入するが、明治の読書とは、識字率や経済的事情もあって音読・輪読されるのが普通であった。文字の読めるものが音読によって周囲に読み聞かせたり、さる地方人士の日記に「明六雑誌、油仁〔注:人名〕へ廻す」とあるように複数で読まれていた。つまり一冊につき一人の読者というわけではなかった。
13. 植木の東京での落ち着き先 - 上京後、同郷の大先輩板垣退助の書生となった。
14. 「社会」 - 『近思録』には「郷民社会を為すときは、為に科条を立て、善悪を旌別して、勤むること有り恥じること有らしむ」とある。この場合の「社会」は現代の意味とは異なる。十五家がまとまった集団を「社」といい、さらにそれらの会合を「社会」という。その後宗教結社としての意味を加味しながら、清末まで中国では結社・集団の意味で使用されてきた。人間社会といった意味は明治日本に始まる。

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出典:Wikipedia
2017/11/18 20:01
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