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明治維新
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6.改革の結果
6.1.列強に座した日本、それを先鞭としたアジア
明治維新の諸改革は、新たな制度で生じた矛盾をいくらか孕みながらも、おおむね成功を収め、短期間で立憲制度を達成し、富国強兵が推進された。その評価は日清戦争日露戦争における勝利により飛躍的に高まり、諸外国からも感嘆・驚異の目で見られるようになった。特にアジア諸国では明治維新を模範として改革や独立運動を行おうとする動きが盛んになる。孫文も日本亡命時には『明治維新は中国革命の第一歩であり、中国革命は明治維新の第二歩である』との言葉を犬養毅へ送っている[9]

ロシアを含むアジアでの近代化革命としては、朝鮮における壬午事変甲申政変や清における戊戌の変法オスマン帝国におけるタンジマートの失敗、長続きしなかったイランイラン立憲革命ロシア帝国ヴィッテ改革ストルイピン改革などが典型である(朝鮮の改革運動については金玉均など、清の改革については光緒帝黄遵憲なども参照)。しかしいずれも確実な成功を収めたものとまではいえなかった。

一定の成功を収めた例としては、パラグアイカルロス・アントニオ・ロペス大統領による改革、タイチャクリー改革トルコアタテュルク主義エジプトエジプト革命メキシコベニート・フアレス改革が挙げられる。

日本は明治維新によって列強と化したことにより、アジア諸国では数少ない植民地にならなかった国となった。明治維新は欧米列強に抑圧されたアジア諸国にとって近代化革命の模範ともなった。やがて日本自身が列強側の国家として、帝国主義的な領土・権益獲得を行う立場となったが、それが行使されたのは台湾や朝鮮、中国の一部という限られたものに終わり、イギリスやアメリカ、オランダなどのように本土から遠く離れた地を植民地支配下に置くようなことはなかった。

一方、ほとんどのアジア諸国で挫折ないし不可能だった近代化革命が、なぜ日本においてのみ成功したのかについても近年研究が盛んとなっている。孫文やスカルノマハティール・ビン・モハマド毛沢東をはじめ、その他アジアの指導者はほぼ例外なく明治維新に何らかの関心を持っており、その歴史的価値についての問い直しが盛んとなっている。

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出典:Wikipedia
2020/02/09 09:32
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2020/02/22 更新
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