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名人 (将棋)
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6.その他
芹沢博文は生前に「芹沢名人」の別称で呼ばれたことがある。ただこれはあくまでもテレビ番組における愛称であり、芹沢は棋士人生において順位戦A級に2期だけ在位したことがあるものの、名人位を獲得したことは無く、そもそも名人戦に挑戦したこともない。またタレントの芹澤名人は芹沢博文に由来する芸名であり、やはり名人位とは関係が無く、そもそも日本将棋連盟との接点もない。
1976年には、主催紙移行問題が長引き、順位戦及び名人戦が中止となる事態に陥った。その間の1976年末に、新たな主催紙となった毎日新聞は、移籍を記念し、選抜棋士による特別名人戦と称した非公式戦のトーナメントを独自に開催し、当時八段の大内延介が優勝。大内は毎日新聞から「特別名人」の称号を贈られたが、上述の通り、公式戦ではなく毎日新聞のイベントの一環であるため、大内の日本将棋連盟における棋士としての実績には計上されていない。ちなみに大内は、1975年に行われた第34期名人戦で中原誠の挑戦者となったことはあるものの3勝4敗1持将棋で敗退し、公式な名人位獲得には至っていない。
復位した名人
木村義雄十四世名人は、塚田正夫名誉十段から奪われた2年後奪取。
大山康晴十五世名人は、升田幸三九段から奪われた2年後奪取。
中原誠十六世名人は2度復位。1982年加藤一二三から奪われた3年後の1985年谷川浩司から奪取、1988年谷川浩司に奪い返された2年後の1990年谷川浩司から再奪還(結局1993年に米長邦雄に奪われた)。
谷川浩司十七世名人は2度復位。1985年中原誠から奪われた3年後奪取。1990年中原誠に奪われ、1997年羽生善治から奪取。
森内俊之十八世名人は2度復位。2003年羽生善治に奪われ、翌2004年に奪取。2008年羽生善治に奪われ、2011年に奪取。
羽生善治十九世名人は3度復位。1997年谷川浩司に奪われ、2003年に森内俊之から奪取。2004年森内俊之に奪われ、2008年に奪取。2011年森内俊之に奪われ、2014年に奪取。
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(5.名人に関する名言など)
[6]次ページ
(7.1.注釈)
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出典:Wikipedia
2019/10/27 08:30
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