無線呼び出し
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3.日本の無線呼出事業
3.4.1992年頃 - 1996年前半まで(隆盛)

数字送信の開始によるポケベルブーム[編集]


1987年にはプッシュ信号(DTMF)により数桁の数字を送れる機種のサービスが開始され、受信者が表示された電話番号(ナンバーディスプレイ機能を利用できた訳ではなく、メッセージ送信者が電話番号を数字メッセージとして打ち込む事により、受信者がその打ち込まれた電話番号のメッセージを受け取ったの意味)に電話をかけることが出来るようになり、業務での効率的な利用が可能となった。また、1990年代に入り個人契約でメインユーザーの一角になりつつあった女子高生を中心に、例えば「14106」=「アイシテル(愛してる)」というように、数字の語呂合わせでメッセージを送る一種の言葉遊び1992年頃から流行し始め、1990年代中盤には個人対個人で他愛ないメッセージを送りあう道具として急速に普及し、頻繁に利用された。伸び悩んでいた個人契約数が一気に伸び始めたのはこの頃からである。

数字で送り合うメッセージには、日本語の方言も存在し、関西九州の一部地域では「1410」=「アイシトオ(愛しとお)」というような使い方もされた。東海では「86]10[10- 4106 0U3」=「パルコデカイモノシテルマユミ(パルコで買い物してる 真由美)」というように、[、]、ー、Uという記号も五十音の一部として活用する数字と記号が入り混じったメッセージが主流であり、地域毎に特徴があった。

数字のメッセージは「724106」=「ナニシテル(何してる?)」「4510」=「シゴト(仕事)」、「106410」=「テルシテ(TELして)」「114」=「イイヨ(良いよ)」のように半ば定型文的な使われ方をされたイメージがあるが、上記の東海の例のように複雑な日常会話レベルのやり取りを一部のユーザーは行っており、解読には暗号や五十音の語呂合わせの数字の共有、互いの行動傾向や趣味等を深く理解している必要があった。数字の暗号や語呂合わせはキャリア・地域・世代・グループ間で差があり、ある程度は共通の使い方はされたものの、全く知らない同士が複雑なコミュニケーションを取るのは不可能だった。

ポストバブル期の社会風俗の象徴[編集]


社会に与えた影響も大きく、1993年に製作されたテレビドラマ『ポケベルが鳴らなくて』や、同名の主題歌がヒットし、さらには最盛期にかけて特定時間帯の輻輳によるメッセージ配信の遅延、発信用公衆電話の酷使による故障が相次ぎ、事業者は対応に追われるようになった。ブーム期の頃はテレビドラマ漫画などでも、女子高生を象徴するアイテムとして頻繁に登場した。その理由は、1993年に女子高生ブームが到来し1992年頃から東京の一部女子高生の間でブームになっていたポケベルとそれをメッセージコミュニケーションツールとして使う彼女達の姿をマスメディアが頻繁に取り上げたためである。その影響を受けてブームが全国的に波及し、女子高生ばかりでなく男子高生や大学生や若い社会人まで個人の利用者層を伸ばした。バブル時代まではサラリーマンのビジネスツールでしかなかったポケベルは、若者の出先でも気軽に連絡を取れるツールやコミュニケーションツールとして活躍するようになり、1996年の最盛期には個人契約が加入数の大多数を占めた。その背景には個人の自由に使える連絡手段を求める当時の若者からの需要があり、携帯電話の所有コストは高かったため、コストの低いポケベルへ流れたのが一つの大きな理由と考えられる。また、メッセージが直ぐに届く即時性、個人間の秘匿性の高いやりとり、多くの人と繋がる事のできるネットワークの広さ、時間帯を気にせず使える気軽さ、返したい時に返信すれば良い負担の軽さ、要件をストレートに伝える短い文もポケベル人気を支えた。

1995年には無線呼出業務の定義が「携帯受信設備(陸上移動受信設備であつて、その携帯者に対する呼出し(これに付随する通報を含む。(中略))を受けるためのものをいう。)の携帯者に対する呼出しを行う無線通信業務」となった。

1996年(最盛期):文字送信も可能へ[編集]


数字だけでなく、カタカナアルファベット絵文字のフリーメッセージが画面に表示できて着信メロディに標準対応したタイプをテレメッセージ各社は1994年から、NTTドコモグループは1995年に投入。なお、ドコモは1991年より一部機種が有料オプションでカタカナ等のフリーメッセージに対応していたが利用者は少なかった。

誰でも読めるカタカナのフリーメッセージに対応した事でメッセージでの会話の幅が大きく広がり、ポケベル人気は更に上昇した。センティーA・センティーB(ドコモ)やモーラ・テルソナ・アーキス(テレメッセージ)等、カナのフリーメッセージに対応した機種の中には品切れになる程の物もあった。定型文のみの対応ながら、漢字まで画面に表示できるタイプもドコモ・テレメッセージ共に1995年に登場し、1996年には事業者によるが標準機能として30桁の数字(カナで14文字)をメッセージとして受信できる機種が発売された。また、加入者の増大に対応するためFLEX-TD方式の導入が開始された。最盛期の1996年6月末には、約1077万件の加入者があった。

カナのフリーメッセージ入力には「ポケベル打ち」というコード入力が必要で、一種の特技として電話機のテンキーで高速にこれができる人はユーザーから崇められ、テレビ等のメディアで驚きを持って紹介される事もあった。この頃ポケベル・ルーズソックスプリクラ手帳は女子高生の三種の神器と呼ばれる事もあり、女子高生のマストアイテムとしての地位を確固たるものとしていた。しかし、地方に目を向けるとポケベルは、自分自身が使った事が無いので得体が知れない、自分もポケベルはおろか携帯電話も持っていないのに子供にはまだ早い、非行に走るかもしれない等の理由から親世代からの評判は総じて良くなく、親から許しが出ないので持ちたくても持てず、あるいは周りで所有者が少なかったため実際にブームを感じる事無く非所有に終わる者も多かった。また、地方の山間部等のエリアは無線呼出局が未整備である場合も多く、ポケベル自体が使い物にならないという場合もよくあった。

ポケベルにメッセージを送るために公衆電話に行列ができたり、メッセージを送り合う会った事もない友達、若しくは日常生活で面識が薄くともポケベルでは頻繁にコミュニケーションを取る友達を表したベル友という言葉が流行した。対面コミュニケーション機会の減少による若者の人間関係の希薄化を危惧する声も多く、ポケベルのメッセージを送るための家庭電話の使い過ぎによる高額請求、偽造テレホンカードの過度な流通、ポケベルによるイジメや嫌がらせ、ポケベル依存症、学校生活の妨げになるとして教師が学校内の公衆電話を使用禁止にしたりメッセージを送れないように♯ボタンを接着剤で固定するなどの問題も噴出していた。

また上記のベル友のように、当時の女子高生達(コギャル)を中心に様々なポケベルに関する略語が生み出され、下記のベル番やベルナン等、一般ユーザーにも広く利用される略語もあった。

ベル番(ポケベルの電話番号
ベルナン(当てずっぽうのポケベルの番号にメッセージを送りナンパする、又はされる)
シカベル(ポケベルにメッセージが入ってもシカトする、又はされる)
空ベル(ポケベルは鳴ったがメッセージが何も入っていない)
イタベル(イタズラ目的でポケベルにメッセージを送る、又はメッセージが入る)
ウザベル(うざったい相手からポケベルにメッセージが入る)
鬼ベル・ガンベル(頻繁にポケベルにメッセージを送る、又はメッセージが入る)
ベルフレ(ポケベルフレンド。ベル友と同義語)
ケツ番(メッセージの最後=ケツに入力する数字の番号。自分の名前やニックネーム等を初期のポケベルのような数字の語呂合わせにして入力した。主に東海で利用された略語)
1992年のブーム初期から1996年の最盛期にかけて数字のメッセージまたはカナのメッセージでポケベルをコミュニケーションツールとして利用し、個人ユーザーの中核をなした1970年代半ば辺りから1980年生まれぐらいまでのポスト団塊ジュニア世代を指してポケベル世代という場合がある。ブーム期にドコモのポケベルのCMのイメージキャラクターを務めた葉月里緒奈は1975年生まれで、広末涼子は1980年生まれである。

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(3.5.1996年後半 - 1998年(衰退))
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出典:Wikipedia
2020/01/04 17:00
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