11.7.英米法学の理論状況

ﾌﾗﾝｽ革命の影響も限定され､不動産法では単独相続制（特権的相続制）が維持されていた^[511]｡

ｼﾞｪﾚﾐ･ﾍﾞﾝｻﾑ（後述）は､1789年の主著『道徳及び立法の原理』を初めとして､法典編纂を理論化^[512]｡穂積陳重にも大きな影響を与えた^[513]が､21世紀に入ってなおｲｷﾞﾘｽは非法典国であり､統一民法典は存在しない｡

英法派の男女平等論[編集]

宗教改革においても､ﾙﾀｰが妻の姦淫による法定離婚を認め､ｶﾙｳﾞｧﾝが夫にも貞操義務を認めたに止まり､ｷﾘｽﾄ教社会は依然として夫優位であったが､ｲｷﾞﾘｽの清教徒たちは婚姻を罪とは見ず､人間の完成に必要な制度と考えた^[516]｡

英米の男女平等論は明治初期の日本にも影響を与え､男女平等を徹底すべきとの論が一世を風靡､植木枝盛にも影響を与えた^[517]｡

これに対して､ﾍﾞﾝｻﾑは､不合理な男女不平等を批判する一方で､形式的平等の徹底は弊害が大きいと批判し､親権や後見人制度と同じく､一定の限度で上下関係を設ける方が合理的と論じ（男女殊権論）､小野梓（東京専門学校創設者）などの日本の英法派の学者に影響を与えていた^[518]（ﾍﾞﾝｻﾑは後に夫婦同権論に改説^[519]）｡

近代英法学の二大潮流[編集]

ｵｰｽﾃｨﾝはﾄﾞｲﾂ留学者であり､歴史法学のｻｳﾞｨﾆｰや自然法学のﾃｨﾎﾞｰとも交流してﾛｰﾏ法やﾄﾞｲﾂ普通法学の影響を受けていた^[521]が､結論としては古い自然法学説に対して現行法主義（法実証主義）を主張するもので､仏法を輸入せずとも日本には日本の慣習法があるという一種の国粋論と結びついたとの主張^[522]がある（岩田新）｡

ただし､ｵｰｽﾃｨﾝもﾒｲﾝもｺﾓﾝ･ﾛｰの法典化を主張する立場だったとも指摘される^[523]｡

当時のｱﾒﾘｶ法学はｲｷﾞﾘｽと異なる独自の傾向を見せておらず､やはり分析法学が有力であり､特に東大教授（担当：英法）であったｱﾒﾘｶ人弁護士ﾍﾝﾘｰ･ﾃｲﾗｰ･ﾃﾘｰは､1878年（明治11年）､社会主義の観念すら浸透していない当時の日本において､自然法は共産主義の根源ともいうべき危険思想であるとの言を残すなど､強烈な反自然法論者であった^[524]｡

自然法とは､ﾖｰﾛｯﾊﾟ大陸諸国の法学者の関心を大いにひいてきた疑似的な法の一種であり､法の分野において少なからぬ混乱と不明確さをもたらし､また､これらの諸国の政治の分野においても､乱暴で馬鹿げた理論化､そして不幸なことにひとしく乱暴な行動をもたらした源泉である｡それは共産主義の主な根である｡自然法は､ｱﾒﾘｶの独立宣言の冒頭のきらびやかな一般論のうちに姿をあらわしているし､またあらゆる型のﾃﾞﾏｺﾞｰｸﾞが好んで用いるｱﾋﾟｰﾙであるけれども､幸いなことには､それは､英米の法思想のなかで確固たる地位を占めたことはなかった^[525]｡ ? ﾍﾝﾘ･T･ﾃﾘｰ

明治民法の起草者穂積陳重は､英国留学中､ｵｰｽﾃｨﾝにﾄﾞｲﾂ法学の影響を認め､これがﾄﾞｲﾂ転学の理由の一つとなったし､分析法学の法実証主義は､仏法派の富井政章にも一定の影響を与えた^[527]｡

もっとも､穂積陳重が最大の影響を受けたのが､ｵｰｽﾃｨﾝに批判的なﾒｲﾝによるｲｷﾞﾘｽ歴史法学である^[528]｡

法は主権者の命令によって作られるものではなく､歴史的に生成するという立場である^[529]｡

このｲｷﾞﾘｽ歴史法学は英国で全く独立に成立したものではなく､その歴史的方法がｻｳﾞｨﾆｰに遡ることも､陳重がﾄﾞｲﾂに転学した理由の一つである^[530]｡

ただし､慶應義塾大学法律学科の礎を築いたｱﾒﾘｶ人法学者ｼﾞｮﾝ･H･ｳｨｸﾞﾓｱも歴史法学的要素に加えて分析法学を重視し､自然法に批判的であった^[531]が､旧民法断行派であり､日本の慣習法を研究する彼が旧民法を支持したことはﾎﾞｱｿﾅｰﾄﾞを勇気づけた^[532]｡