民法典論争
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20.民法典論争の顛末
20.7.独法はどのように影響したか
各論分野で最も独法を重視したのは仏法派の富井政章であった(代理権の授与など)[1,217]

大体ドイツ法思想で民法は出来た訳ですけれども、偶にはフランス法の考への入った所がある。どちらかと云ふと梅さんの手に成った部分がさうです。穂積さんは公平などちらにも偏らずと云ふ態度であったと思ひます。富井さんは寧ろドイツ法一点張りで行かうと云ふ気分が見えたやうです。……富井先生は……日本民法の出来る迄は、ドイツ法の思想は少しも鼓吹されていないのです。……所がドイツ法の思想に拠った民法が出来て、此の民法を解釈し説明して行くにはドイツ法の考へに依らなければならぬので、初めて、ドイツ法の思想が入って来た。……詰り、ドイツ法思想の日本民法学と云ふものが出来る基礎は、民法そのものにある。ドイツ法の思想があって然る後に日本民法が出来たと云ふよりは、日本民法がドイツ法の思想を輸入したと云ってよい。

……富井先生はフランスに於ける材料からドイツ法の思想を得られたのです。……尤も穂積先生、梅先生はベルリンに一年ばかり居られて、其時にドイツ法の考へを充分吸収して帰られたと思ふ。つまり、三人共ドイツ法の思想には共鳴して居られたのです[1,218] ? 仁井田益太郎
富井博士は仲々硬骨なお方で、往々独逸派の学説を主張して仏法派の梅博士と対立され、一個の問題が数週間かかってやっと解決した様なことも度々ありました。擦った揉んだの後穂積博士の御尽力により辛うじて協調するのである。民法第92条……と言ふ妙な規定の生じたことの一原因は両先生協調の結果より来てゐると思はれます。……この規定の由って生じた来歴を知らぬ方々がその解説に悩まされるのは無理からぬことです[1,219] ? 松波仁一郎「富井先生ヲ憶フ」
成文法が日本の慣習法の集大成ではなく外国法の再構成であるため、慣習をどの程度成文法に優先すべきかは、起草者以来の難問となっている[1,220]

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(20.8.独法導入の動機)
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出典:Wikipedia
2020/01/23 23:30
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