本場所
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4.場所ごとの逸話など
4.4.名古屋場所
本場所となったのは1958年で、6場所の中では一番後である。
日本相撲協会中日新聞社の共催となっている。相撲協会以外の団体が本場所の主催元になっているのは名古屋場所だけである。中日新聞社関連では以下の特記事項がある。
場所中、会場の愛知県体育館の館内には中日新聞社の社旗が掲げられる。
毎年3月中旬頃から中日新聞社(北陸本社北陸中日新聞)・東京本社東京新聞)・東海本社福井支社日刊県民福井・編集自体は北陸本社で行っている)を含む)で桝席の販売が行われている。
場所中、毎日必ず1本は中日新聞社が懸賞を出す。懸賞を出した取組は当日の中日新聞(北陸中日新聞・日刊県民福井・東京新聞を含む)のスポーツ欄及び中日スポーツ東京中日スポーツを含む)の大相撲欄で「本日の好取組」として展開予想が掲載される。
本場所を共催している縁もあってか、1987年以降、加藤巳一郎、大島宏彦、大島寅夫と歴代の中日新聞社社長が横綱審議委員会の委員を務めている。
関係会社の中部日本放送→CBCテレビで直前に「大相撲名古屋場所前夜祭」を開催している。但し、九州場所前夜祭(後述)と違い、自局の施設であるCBCホールで行っている。
関係会社でもある中日ドラゴンズは球団創設80周年にあたる2016年にプロ野球チームとしては初となる懸賞を提供した。「80」に因み中入り後の8番目の取組に懸賞が掛けられている。
「荒れる名古屋」で知られる。夏場の開催となって、とりわけ気温が高いことで知られる名古屋ということもあり、「熱帯場所」、「南国場所」の異名をとるほどの暑さのため体調管理が難しいことから調子を落とす上位力士も多いのが、その要因と言われている[5]。生涯ただ一度の優勝をこの場所で果たした力士も多い。
かつては場所後の夏巡業の日程を確保するために6月下旬から始まったこともあった。
また、同様の理由で、1960年代後半から1990年代までは第2日曜日になることのない7月1日〜7日(即ち、必ず第1日曜日)から始まっていた。2000年代以降は概ね他の場所と同じ第2日曜日から始まっている[6]
夏巡業を控えていることも有って、かつては名古屋場所では夏巡業の目玉となる新横綱を確保するために、やや甘い基準で名古屋場所で横綱昇進を果たす力士が少なからず存在した。しかし双羽黒光司が廃業騒動を起こすと横綱昇進の基準が厳格化。1993年7月場所の貴乃花光司、1994年7月場所の武蔵丸光洋、2006年7月場所の白鵬翔などは、双羽黒廃業騒動以前の基準なら、場所後に横綱昇進を果たしていた可能性がある[5]
1923年関東大震災による東京の国技館焼失のため、翌年の1月場所が名古屋市内の仮設国技館で行われた。
1972年高見山大五郎が外国人力士として初めての優勝を遂げた。
2010年は大相撲野球賭博問題の為NHKの生中継が中止となり(ダイジェスト版のみ放送)、協会が外部からの表彰を辞退した為表彰式は優勝旗と賞状のみとなった。
名勝負
1989年千秋楽 横綱北勝海 - 横綱千代の富士(優勝決定戦)
史上2度目、横綱同士では初となる同部屋相星決戦。場所前に娘を亡くし、この場所は数珠を首にかけながら場所入りしていた千代の富士が、右上手投げで先輩横綱の意地を見せ28度目の優勝を果たす。
1993年千秋楽 横綱 - 大関貴ノ花 - 関脇若ノ花(優勝決定戦)
1988年春場所が初土俵の同期生3人による巴戦。横綱昇進のかかる大関・貴ノ花が結びの一番に勝って決定戦に持ち込んだが曙が連勝、横綱初優勝を決めた。場所後若ノ花は大関昇進。優勝 - 優勝同点の貴ノ花の昇進は見送られた。
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(4.3.夏場所)
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(4.5.秋場所)

5. 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p41
6. 例外として、2002年〜2004年、2013年、2019年(予定)は第1日曜日から始まっている。また、2020年は東京オリンピックに配慮して第1日曜日から始まる予定である。

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出典:Wikipedia
2017/12/08 19:00
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2018/01/23 更新
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