本場所
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3.かつて使われていた会場
東京 - 蔵前国技館1950年1984年 1954年落成するまでは仮設国技館だった)
大阪 - 大阪国技館、(旧)大阪市中央体育館1986年に大阪府立体育会館の全面改修工事のために1度だけ開催された)
名古屋 - 名古屋市金山体育館1958年1964年 会場は飛行機の格納庫を改造して建設されたが空調がなかったため室内でも猛暑の中で開かれ、支度部屋には氷柱がおかれ中入りの時には場内に酸素の放出が行われたと記録にある)
福岡 - 福岡スポーツセンター1957年1973年)、九州電力記念体育館1974年1980年[2]
1909年6月場所以前は回向院での晴天時興行の形を取っており、雨天中止となった場合その後2日続けて晴天とならなければ開始できない規則となっていた。 戦前は戦時戦後の一時期を除き旧両国国技館が使われ、1927年から1932年までの地方本場所は大阪市京都市名古屋市福岡市広島市で開催の実績がある。第二次世界大戦中には軍による接収、空襲による被災、そして戦後アメリカ軍による接収で国技館が使用できずに後楽園球場(番付上の表記は「小石川後樂園球場」)や神宮外苑相撲場等で晴天時限定で開催、その後仮設国技館(当時の表記は「假設國技館」)時代を経て蔵前仮設国技館へと本場所開催地を移した。
[4]前ページ
(2.本場所の進行)
[6]次ページ
(4.1.初場所)

2. 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p40

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出典:Wikipedia
2017/12/08 19:00
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