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文覚
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2.人物
玉葉』によれば、頼朝が文覚を木曾義仲のもとへ遣わし、平氏追討の懈怠や京中での乱暴などを糾問させたと言う[6]

愚管抄』には、乱暴で、行動力はあるが学識はなく、人の悪口を言い、天狗を祭るなどと書かれ[7]、また、文覚と頼朝は四年間朝夕慣れ親しんだ仲であるとする[8]

井蛙抄』によれば、同時代の僧侶西行を憎んでいたとの噂があったと言う[9]

平家物語』では巻第五の「文覚荒行」、「勧進帳」、「文覚被流」、「福原院宣」にまとまった記述があり、海の嵐をも鎮める法力を持つ修験者として描かれている。頼朝に亡父源義朝の髑髏を示して蹶起をうながしたり、配流地の伊豆から福原京の藤原光能のもとへ赴いて後白河法皇に平氏追討の院宣を出させるように迫り、頼朝にわずか八日で院宣をもたらした。巻十二の「泊瀬六代」では頼朝に直接六代助命の許し文を受け取りにいく。また後鳥羽上皇の政を批判したため隠岐国に流されるが、後に上皇自身も承久の乱で隠岐国に流される結果になったとする。いずれも史実との食い違いが多く、『平家物語』特有のドラマチックな脚色がなされていると言える。

源平盛衰記』は、出家の原因は、従兄弟で同僚の渡辺渡(わたなべわたる)の妻、袈裟御前に横恋慕し、誤って殺してしまったことにあるとする[10]。稀代の扇動者、文覚の前日譚が文覚発心である。事件は創作とされるが、登場する袈裟御前は絶世の美女、孝道と貞節の狭間で死を選んだ貞女とされてきた。

和歌山県かつらぎ町笠田(かせだ)には文覚が開削したとする伝承が伝わる文覚井(もんがくゆ)が所在している。文覚井は紀伊国?田荘(かせだのしょう)を灌漑した中世の用水路

那智の滝の下流に文覚が修行をしたという「文覚の滝」が存在し、滝に打たれる文覚の元に不動明王の使いがやってきて修行を成就するシーンがよく描かれる。これは2011年(平成23年)の紀伊半島大水害で消滅した。

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出典:Wikipedia
2019/12/29 15:31
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2020/02/23 更新
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