福澤諭吉
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4.研究・評価史
4.1.日本における福澤研究をめぐる論争

「脱亜論」再発見から[編集]


太平洋戦争大東亜戦争)後、歴史学者の服部之総遠山茂樹らによって諭吉の「脱亜論」が再発見され、「福沢諭吉はアジア諸国を蔑視し、侵略を肯定したアジア蔑視者である」と批判された[113]丸山真男服部之総の諭吉解釈を「論敵」としていたといわれる[114]

平成13年(2001年)、朝日新聞に掲載された安川寿之輔の論説「福沢諭吉 アジア蔑視広めた思想家[115]」に、平山洋が反論「福沢諭吉 アジアを蔑視していたか」[116]を掲載したことで、いわゆる「安川・平山論争」が始まった[117]

平山は、井田進也の文献分析を基礎に[118]、諭吉のアジア蔑視を、『福澤諭吉伝』の著者で『時事新報』の主筆を務め、『福澤全集』を編纂した石河幹明の作為にみる[119]。平山によれば、諭吉は支那中国)や朝鮮政府を批判しても、民族そのものをおとしめたことはなかった。しかし、たとえばの兵士をになぞらえた論説など、差別主義的内容のものは石河の論説であり、全集編纂時に諭吉のものと偽って収録したのだという。

しかしながらこの問題は、平山自身や都倉武之がいうように、無署名論説の執筆者を文献学(テキストクリティーク)的に確定しないことには決着がつかない[120]井田進也は無署名論説認定方法を応用した『福澤諭吉全集』収録の「時事新報論説」執筆者再認定作業を開始している[121]。今後の研究が待たれるところである[122]

「時事新報」無署名論説[編集]


平山洋は、井田の分析を基に現行全集の第七巻までは署名入りで公刊された著作であるのに対して、八巻以降の『時事新報論集』はその大部分が無署名であることを指摘した上で、大正時代の『福沢全集』(1925 - 26年)と昭和時代の『続福沢全集』(1933 - 34年)の編纂者であった弟子の石河幹明が『時事新報』から選んだものを、そのまま引き継いで収録しているとした。さらに現行版『全集』(1958 - 64年)の第一六巻には諭吉の没後数か月してから掲載された論説が六編収められていることも指摘している[123]

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出典:Wikipedia
2020/01/17 11:01
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