福島第一原子力発電所
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3.建設までの経過
3.5.用地取得
当地は、高さ30m余りの海岸段丘上にある。1号機所在地である大熊町の当該地は、1941年(昭和16年)4月に滑走帯が完成した帝国陸軍の磐城飛行場[36](長者ヶ原陸軍飛行場とも言う[37]帝国海軍の飛行場とする記述も見られる[38])の跡地である。第二次大戦後、この土地は民間に払い下げられた。国土計画興業[31]製塩のための塩田として広大な敷地[40]を買収していたが、製塩事業は調査時点では終了していた。また、残りの予定地もまた民有地だったが、一部が農地として使用されていた程度であり、残余は山林原野であった。東京電力は調査を進展させつつ、1964年に入ると用地買収交渉を開始、二期に渡った約96万坪、320万平方メートルの買収に要した価格は約5億円で、この他社宅地その他として約8万平方メートルを買収した[32]
このような僻地に発電所を設置した技術的な理由は、当時の日本の原子力発電所設置の考え方として「万一の原子炉設備の破壊事故により放射性物質の大気拡散時に周辺公衆に重大な災害を及ぼさない」ため、「発電所敷地を高い人口地帯から出来るだけ離すことを必要」としたからであった[33]
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(3.4.福島県庁の調査・誘致活動)
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(3.6.地理調査)

36. 第7部 磐城飛行場 P03 (PDF) (在京富岡友の会「図書室」)
37. 電力新報 1979, p. 128
38. 旧海軍飛行場跡地としているのは横須賀正雄 1968
39. 日本原子力産業会議 1970, p. 1.
40. 約30万坪。最初の原子力発電所建設計画の予定地の半分。他に双葉町側に追加用地がある。
41. 大熊町史編纂委員会 編. 1985, p. 835-836.
42. 一木忠治 1969, p. 26.

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出典:Wikipedia
2018/06/17 23:30
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