福島第一原子力発電所
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4.建設の経過
4.6.2号機
田中直治郎によると1965年から1966年に通産省に対して提出した施設計画では、2号機は出力60万kW[99]で、共通施設である港湾、取水設備費を按分して発電原価低減に資することを考慮し、4号機まで本発電所に設置を検討していた[78]。ただし田中は50Hzの機種としては60万kW程度のものがメーカー各社のラインナップに無いこと、2号機以降の炉型をPWR、BWRのどちらとするかは白紙である事、コモンウェルス・エジソン社が発注したBWRが80万kWであることを踏まえ、「60万kWでは小さいような感じがしないでもない」「今後の国産化を考えていく上(中略)機種をあまり変えますと、国産化が難しい」と述べている[79]

1967年になるとGEは受注量の急増から500、750、1000MWの3タイプの標準容量の炉を発表した。いわゆる1967年型と呼ばれるタイプであり、後にBWR-4と改称されたタイプである[102]。上述のように東京電力は2号機をこの中から選定し、発電端出力784MWのタイプとした[103]。2号機の商業運転開始は1974年7月18日となった。

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(4.5.国産化への道)
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(4.7.草創期の人員配置)
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出典:Wikipedia
2018/12/14 12:30
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