扶桑
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4.地理の比定
4.2.日本以外とする説
北畠親房(1293 - 1354)は「東海の中に扶桑の木あり。日の出所なり、と見えたり。東にあれば、よそへていへるか。此国に彼木ありといふ事聞えねば、たしかなる名にはあらざるべし」(『神皇正統記』)といい、日本と扶桑国は本来は別々の国としていた。
また1712年類書和漢三才図会』も「扶桑」の項で、『三才図会』からの引用(『梁書』の要約)の後、注釈で

ハクハ是當ルカ北東乎誤以爲日本而扶桑日本別號者不タラ
(疑はくはこれ北東に當たるかや、誤ちもつて日本とす。而して、扶桑の日本の別號なるは當たらず)

? 『和漢三才図会』巻之十四 外夷人物「扶桑」
と、日本説を否定している[20]

北米(カナダ西部)説[編集]


フランス人東洋学者ジョセフ・ド・ギーニュ Joseph de Guignes (1721?1800) は1761年、『梁書』に書かれた距離から扶桑は太平洋の対岸だと考え、文身国は蝦夷地北海道千島列島樺太)、大漢国はカムチャッカ、扶桑はカリフォルニアだとした。それを受け、18世紀のいくつかの地図では、カリフォルニアの北方、現在のブリティッシュコロンビア州カナダ西海岸)あたりに扶桑と書かれている。

中米(メキシコ)説[編集]


ドイツ人東洋学者カール・フリードリヒ・ノイマン Karl Friedrich Neumann (1793?1870) は1841年、ド・ギーニュ説を修正して道程をやや伸ばし、大漢国をアラスカ、扶桑国をメキシコとした[21]

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(4.1.日本の別名とする説)
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(4.3.架空説)
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出典:Wikipedia
2020/01/15 15:30
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