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廃線
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1.廃線の要因
1.1.経営の悪化による廃線

利用者や貨物の減少[ソースを編集]


この要因が廃線の原因としては最も多い。日本の鉄道では国鉄 (JR) やその他の鉄道会社が自主的に廃止を決定したもののほか、1968年(昭和43年)から行われた赤字83線に指定されたもの、1980年代に行われた国鉄再建法に基づく特定地方交通線に指定されたものなどがある[1]

太平洋戦争中に「不要不急線」として休止されレールなどの資材が剥がされ、戦後鉄道路線として復活されないまま廃止となった路線[2] もある。

旅客貨物の減少の要因としては、1960年代まではバストラックの発達が主要因であったが、それ以降は自家用車の普及(モータリゼーション)が主要因となっている。仙北鉄道の場合、営業末期には旅客・貨物ともに最盛期より減少していたが、赤字を出すほどではなかった。しかし車両および施設の更新に多額の費用がかかることから、鉄道を存続させるよりもバスに転換する方が得策という経営的判断による廃止であった。すでに昭和初期においてバスやトラックとの競合に敗れて廃線・廃業となっていた軽便鉄道人車鉄道も多かった[3]

また沿線人口の減少(過疎化)が利用客の減少を招く場合も多い。近郊部でも国鉄改革に伴う、貨物輸送の大幅な変更(詳しくは1984年ダイヤ改正での貨物列車整理を参照)による車扱貨物の減少で別府鉄道のように廃線に追い込まれた路線もある。

ローカル線沿線の人口の減少については1960 - 70年代には鉱業林業の衰退や離農の増加など産業構造の変化によるものが要因の一つであったが、21世紀初頭では出生率の低下による影響も大きい。自家用車の普及により通勤需要の少ないローカル線では高校生を中心とした通学利用が主要な収入源(実際は通学利用だけでは採算が取れないことが多い)となっているため、少子化による通学利用客の大幅な減少は廃線につながる要因の一つとなっている。

経営破綻[ソースを編集]


利用減少の赤字による廃線ではあるが、鉄道会社そのものの倒産や廃業など経営破綻をしたことが直接の原因となって廃線となった例もある。この例としては武州鉄道磐梯急行電鉄雄別鉄道がある。また、布引電気鉄道光明電気鉄道は末期には事実上の経営破綻状態で、電気代が支払えずに送電を止められとどめを刺されたことで廃線となった。

慢性的な赤字状態で、ついには地域の公共交通の維持のためとして地方公共団体から支給されていた補助金が打ち切られて会社存続が不可能となり会社解散・廃線となったものもある。この例としては野上電気鉄道くりはら田園鉄道がある。第3セクター三木鉄道の場合は、慢性的な赤字と三木市の財政難のため、市長選挙で鉄道廃止派の薮本吉秀が当選したことが直接のきっかけとなり、廃線となったものである。

接続路線の廃線の影響[ソースを編集]


接続する路線が廃線となったことで連鎖的に廃線となったケースもある。肥前電気鉄道がそれで、この場合は起点の塩田駅で接続し、省線への連絡手段となっていた祐徳軌道が廃線となったことでとどめを刺される形となった。

また東武日光鋼索鉄道線第二いろは坂(道路)の開通と、馬返駅で接続していた東武日光軌道線の廃止によって廃線となった。別府鉄道野口線の場合は接続する国鉄高砂線の廃止前に廃止されたが、同線の廃止への動きの影響を受けたものだといえる。これに近い例として石川県南部の温泉地を結ぶ観光路線であった北陸鉄道加南線は、国鉄接続駅に優等列車が停まらなくなったことがだめ押しとなり、廃線に追い込まれた。

乗客流動と関係しない例として、阪神甲子園線は廃止直前でも12分間隔で運行するなど比較的利用者があったが、車庫のあった阪神国道線が廃止されることとなり、道連れとなる形で廃止となった。

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(1.廃線の要因)
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出典:Wikipedia
2019/11/11 12:02
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