尾張国
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2.歴史
2.1.古代から平安時代まで
天火明命を祖神とする尾張氏が本拠を置き、ヤマト王権の天皇家と婚姻関係で結びつき支配を確立した。景行天皇の時代には、三種の神器の一つ草薙剣(天叢雲剣)を祀る熱田神宮を創建した。また、4世紀頃から7世紀頃まで、断夫山古墳を始め多くの古墳が造営されている。
7世紀朝廷によって律令制が敷かれると尾張国造の領域が令制国の尾張国の範囲となり、防人の通行路にもなった。7世紀中葉には、国とによる地方行政区画が施行されていたが、本格的な地方行政制度は8世紀の初頭に地域を国・郡・里の3段階に区分し、『延喜式』民部式によると尾張は、海部郡中嶋郡葉栗郡丹羽郡春部郡(かすがべぐん)・山田郡愛智郡知多郡の八郡であった。

易林本の『節用集』によると尾張国は肥沃(地厚土肥)な大上国と記されており、古代から須恵器土師器などの焼き物生産が盛んであった。その富裕な農業生産力や畿内への地理的な近さを背景にして朝廷を支える律令国として成長した。

平安末期になると熱田大宮司であった藤原季範源氏に接近し、娘の由良御前源義朝に嫁いで源頼朝を産んでいる。また、季範の養女(孫娘)は足利義康(足利氏初代)に嫁いでおり、足利氏にも血脈を伝えている(足利氏8代目が室町幕府を開く足利尊氏である)。治承5年(1181年)、「治承・寿永の乱」における「墨俣川の戦い」が尾張国と美濃国の国境にある墨俣川(現在の長良川)で行われた。

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(1.「尾張」の名称と由来)
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(2.2.南北朝時代から室町時代まで)
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出典:Wikipedia
2020/01/19 04:30
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