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非常口
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2.非常口・誘導標識
2.2.ピクトグラムの制定とISO標準化
日本において、ピクトグラムが施行される前日である1982年3月31日以前に落成した建物では、「非常口」・「非常出口」・「非常階段」の文字のみの表記であった。なおこの文字表示のみの誘導灯は遅くとも1970年代初頭にはあったとされるが、日本照明器具工業会において誘導灯の認定が開始される1975年2月までは、通常時は蛍光ランプが点灯し、停電時には豆球3個が20分間点灯する仕組みのものが、各地消防の独自認定でもって使われていたとされる[6]

1972年の千日デパート火災・1973年の熊本の大洋デパート火災では、非常口誘導灯のサイズが小さかったために非常口の場所が火災による煙などで分からず、逃げまどう人たちで混乱した結果、とても多くの死傷者を出したため、消防法が改正されるとともに、日本照明器具工業会において誘導灯の認定が開始されることになった。とはいうものの、この時点において「非常口」などの字体や英語表記の有無が誘導灯の製造会社間で統一されることはなかった。

文字表示のみの誘導灯、特に巨大な明朝体は見るものに威圧感を与えたり、子供を怖がらさせてしまったりするなどの問題を浮き彫りにしていた。また誘導灯の大型化は、その場のイメージを壊してしまったり、病院などでは夜間に患者の安眠を妨げてしまったり、手術前の緊張を増大させたりといった問題も生じ、そもそもいくら大型化しても文字盤が「薄い煙」の中で見えなくなってしまう欠点もあった。極めて不評な上に問題山積であり、早期の改善が各所から強く求められていた。

そこで誰にでもわかる標識を目指しデザインが1979年に公募され、およそ3300人の応募の中から図案評価実験等を経て小谷松敏文の作品が入選[7]太田幸夫による改良を経て1982年1月20日に消防庁告示、同年4月1日に施行された。前述の理由からか、消防庁告示から僅か1年半の間で、70%以上の誘導灯が新表示(現行デザイン)に取り換えられたという[8]

また1987年には、消防庁告示のものに下線を追加したデザインのピクトグラムが、国際標準化機構 (ISO) が定める国際規格 ISO 6309:1987 (Fire protection--Safety signs) に組み込まれ、国際標準になった。ISO 7010:2003 (Graphical symbols -- Safety colors and safety signs -- Safety signs used in workplaces and public areas) にも規定されている。

[4]前ページ
(2.1.非常口・誘導標識の基準制定)
[6]次ページ
(2.3.各地域における誘導標識)
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出典:Wikipedia
2020/01/09 02:30
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