反ユダヤ主義
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6.近代の反ユダヤ主義
6.8.ロスチャイルド家と反ロスチャイルド、反ユダヤ的感情
フランクフルト・ゲットー出身の銀行家マイアー・アムシェル・ロートシルト宮廷ユダヤ人となり、ロートシルト家(ロスチャイルド家))の基礎を築くと、ロスチャイルド家は19世紀ヨーロッパの政界と金融界を支配し、栄華を誇り、「ユダヤ人の王にして諸王のなかのユダヤ人」と呼ばれた[382]1807年のベルリンの銀行52のうち30がユダヤ人が経営するようになっていた[327]。その他、ドイツの百貨店、シュレージエン地方鉱床などもユダヤ系事業が大部分を占めた[327]。フランスではマイアーの五男でオーストリア領事でもあったジャム・ド・ロチルドがロスチャイルド家の筆頭格となった[382]。ジャムはフランスに帰化することはなかった[382]ロチルド家(ロスチャイルド家)は、フランス中央銀行の大株主の200家族の1族であり、金融貴族(Haut Banque オート・バンク)と呼ばれた[416]

ロチルド家以外のユダヤ人銀行家としては、サン・シモン主義のペレール兄弟がおり、ナポレオン3世の金融改革と殖産興業政策を援助して、1852年にペレール兄弟はアシーユ・フール(Achille Fould)とともに投資銀行クレディ・モビリエを創設した[417]。1860年代にはクレディ・リヨネとソシエテ・ジェネラルが創設された[417]

しかし、ロスチャイルド家の栄華は、その後数世代にわたって反ユダヤ主義宣伝活動の餌食となっていった[382]

1848年フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンは『墓の彼方からの回想』(没後出版)で「人類はユダヤ人種を癩病院に隔離した」と述べたり、「今日のキリスト教世界を牛耳っているユダヤ人よ」と述べたり、ロスチャイルド家が原因で自らが政治家として不首尾に終わったとみなしていた[383]

アルフレッド・ド・ヴィニーは、ユダヤ人を金にがめつい唯物的な人種として嫌悪し、1822年の『ヘレナ』では「ユダの息子たちにはすべてが許され、彼らの財宝箱にはすべてが受け入れられる」と書き、1847年にユダヤ人アルフェンがパリ2区区長に任命されると驚くなど、世界が「ユダヤ化」ことを諦念をもって眺めた[418]。1837年には7月革命をユダヤ人は金で購ったと書いている[418]。1837年に書かれた小説『ダフネ』(生前未発表)ではユダヤ人銀行家について「現在、一人のユダヤ人が、教皇の上、キリスト教の上に君臨している。彼は君主に金を渡し、諸国民を買収する」と、ロスチャイルド家について記した[418]。しかし、ヴィニーは改宗ユダヤ人ルイ・ラティスボンヌと友人になると、1856年にはユダヤ人は原初の光、原初の調和に満ちており、芸術の分野で頂点を極め、学業も優秀と述べるにいたった[418]

歴史家ジュール・ミシュレは『フランス史』(1833-1873)において、自分はユダヤ人が好きだが、「汚らわしきユダヤ人」は「いつのまにか世界の王座に就いてしまった」、ユダヤ人は地球上で「最良の奴隷」だったと述べた[382][419]

1900年にはドイツの人口の1%にすぎないユダヤ人が、大企業、金融会社の取締役会の25%を占めており、こうしたユダヤ人の経済界での活躍が、ユダヤ人による侵略や支配という印象を深めることになった[327]。こうした状況は、ロシアでも同様であった[327]。ロスチャイルド家や政界に進出するユダヤ人などが活躍していくにつれて、「ユダヤ人に支配された世界」という見方が広まり、フランスやドイツなどでは、「ユダヤ人からの解放」を訴える主張が多数出されていくようになった。

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出典:Wikipedia
2019/11/27 19:31
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