田代まさし
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1.来歴
1.2.2000年代

2000年の迷惑防止条例違反


2000年(平成12年)9月24日東急東横線都立大学駅構内において帽子、サングラス、マスクという姿で、女性の下着盗撮しようとしている様子を目撃者から通報され、不審人物として警察が任意同行事情聴取東京都迷惑防止条例違反で書類送検された[1]。この事件に触れるメディアが全くないことを疑問に思った通報者が各媒体に連絡を入れ徐々に公になる。田代によると、この時にはまだ覚醒剤を使用していなかったと後ほどインタビューで語っているが[5]、著書『審判』では1991年(平成3年)に家族旅行でハワイに行った際に覚醒剤を購入し、その時に初めて使用したと語っている。同年10月4日に事件が発覚、テレビリポーターに盗撮した理由を聞かれ「『ミニタコができる』というタイトルのギャグ映像を作ろうとしていた」と苦しい弁明をしてバッシングされた[1]。「胼胝(たこ)ができる」という慣用表現とかけたシャレで、この時、事務所から「ギャグにしよう」と言われて考えたら、かえってバッシングを受け裏目に出たと後に語っている[5]。なお、田代自身は事務所からこの提案をされた際は決して乗り気では無かったという[6]。同年12月14日東京簡裁から「罰金5万円」の略式命令が下り、一時芸能活動を休止した。

その後、志村けんらが田代の芸能活動復帰を働きかけ、翌年2001年(平成13年)7月頃に『ダウンタウンDX』、『めちゃ×2イケてるッ!』、『ぐるぐるナインティナイン』、『明石家マンション物語』等のテレビ番組、『志村けんのバカ殿様』等に出演し復帰した。また『HAMADA COMPANY 弾丸ヒーローズ』では、番組レギュラーを目指し出発点の東京から沖縄まで目撃されずにゴールするという企画に挑戦。結果的には滞在先の京都にて写真100枚を撮られ失敗に終わったが、その後も連続してゴールデンタイムの番組に度々登場するようになった。

2001年の逮捕


HAMADA COMPANY』の最後の出演から間もない2001年(平成13年)12月9日、田代は近所の男性宅風呂を覗いたとして、軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕された[1]。さらに自宅から覚醒剤が発見され、覚せい剤取締法違反容疑(使用・所持)で12月11日、再逮捕された[1]。これを受け、当時田代の所属していたエムティエムプロダクションは同年12月11日付で田代を契約解除した。

これを受け、芸能界復帰に手助けした志村けんは、「あいつは最低な事をしたのだから芸能界から消えてもらいたい」とコメントした。2002年(平成14年)1月に放送された『新春かくし芸大会』や『志村けんのバカ殿様』の収録にも参加していたが、逮捕後の放送のため田代の収録分は全てカットされお蔵入りとなった。フジテレビ側も「今後の彼の出演は考えられない」と語った。また、これらの不祥事2ちゃんねるで話題となり、一時的にアメリカの『タイム』誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれる「田代祭」と呼ばれる騒動も起きた(最終的には、田代はパーソン・オブ・ザ・イヤーの対象外となっている)。

この事件の公判裁判長から職業を質問された際に「元タレント」と答えたことから、その後「元タレント」とテレビなどで表記される様になった。また、シャネルズ、ラッツ&スター時代も含めた田代の過去のVTRや写真が地上波で放送・公開が極めて難しくなり、田代のVTRや写真などがテレビで放送される際、田代の音声が薄らかであるか全体を修正されたり、顔を隠されたり、身体の一部しか映らない程度の映像になることが多くなった[7]。また、CSの有料チャンネルなどでは、過去の出演作品がそのまま放送されていたが、これらも終了となっている[8]。なお、田代は後日、お蔵入りになった番組など8,000万円の損害賠償請求をされ、7年経過した2009年(平成21年)になっても返済していることを公表した[9]。なお、後年になって田代は、この8000万円という賠償額に関して「事務所との折半でこの金額だった」と語っている[10]

2002年(平成14年)3月、裁判懲役2年執行猶予3年の判決を受けた。その後はVシネマ監督として復帰、『鯨道』シリーズなどを手がける。また2003年(平成15年)正月には『サンデージャポン』にVTR出演。2004年(平成16年)春頃にはテレビ界復帰も検討されたが、同年6月16日深夜午前1時頃、杉並区梅里を運転中に青梅街道の「転回禁止」の場所でUターンしてオートバイに乗った男子学生に衝突し大ケガをさせる人身事故を起こし、業務上過失傷害道路交通法違反容疑で書類送検された[11]。これにより復帰が白紙に戻る。この件で鈴木雅之が田代の代わりに謝罪している。

2004年の逮捕


上記の執行猶予中の2004年(平成16年)9月20日夜に中野区新井の路上で車を駐車中、再び覚醒剤及び刃渡り8cmバタフライナイフを所持していたとして、銃刀法違反と覚せい剤取締法違反(2度目)で現行犯逮捕された[1][12]野方警察署留置された田代は取り調べの時、何度も嘔吐気絶を繰り返し、病院へ担架で運ばれ点滴を打つという事態にまで至る[13]。本気で自殺を考えた田代だったが、夢枕に立った母親に止められたという[13]鈴木邦男によれば、田代に薬を打たれたとされる交際女性は「いやだったけど、でも嫌われたくなくて」と涙ながらに証言したという[14]

本人は「芸能活動において日頃かなりのプレッシャーを感じていた故に犯行に及んだ[5]」「盗撮事件後、家族関係が悪くなりヤケになってしまった[15]」と弁明。また裁判所の法廷で裁判官から「(もともと)タレントに向いてないのでは?」との問いかけに「そう思います」と小さく答えた。なお、テレビ出演時に眼鏡やサングラスをしていることが多かったが、実際は伊達眼鏡で眼鏡なしではテレビに出演できないほどのあがり症だと『徹子の部屋』で話したことがある[16]

2005年(平成17年)2月7日、東京地裁で開かれた判決公判で執行猶予中の再犯のため等で、懲役3年6か月の実刑判決が下され[1]、同年3月16日付で東京高裁への控訴を取り下げ刑が確定[17]。精神的に不安定なため、服役中に睡眠薬精神安定剤を服用していた。収監中、田代は障害者老人、元政治家などが作業する工場で刑務作業に従事していたが、周りに障害者が多かったため与えられた作業が単純なものになってしまい辛かったと語っている[18]

自らも大麻で2度の逮捕歴がある美川憲一は「(刑務所から)出てきたら私のところに来てちょうだい。付き人でも何でもさせて一から叩き直してやるわよ」と述べた後、「立ち直って欲しいの、お願いだから…」と泣き崩れていた。収監前から既に妻子とは別居状態にあったが、服役中に正式に離婚[19]

栃木県黒羽刑務所に収監されていた田代は、刑期から未決勾留日数が引かれ、2008年(平成20年)6月26日に満期出所した[19][20]仮釈放がつかなかったのは、身元引受人がいなかったためという[19]。7月16日、阿佐ヶ谷ロフトAにて、雑誌『篠田博之編集長主催のトークイベントに出演した[21]。その場の記者会見では一部ろれつが回らないなど、心身ともに衰弱している様子が見受けられ、田代自身、不眠で医師の処方を受けていることを打ち明けている。この出所以降、公の場に出る際は常に帽子を着用するようになった。

活動再開


2008年(平成20年)10月に公式サイトおよび公式ブログを開始。トップページの画像には「神降臨」の文字が記載される[22]。インターネットにおいて話題となり、100万を超えるアクセス数を記録した。

趣味の格闘技観戦を重ね、昔の伝でお笑いライブの司会を務めたり、2009年(平成21年)3月からは動画共有サイトzoomeで冠番組『田代まさしのお久しブリーフ』を持ったり、またニコニコ生放送において長時間のトークを行うなど[23]テレビや音楽活動といったかつての表舞台ではないものの、「リハビリ」として段階的に芸能活動を再開させた。また旧知の仲でラッツ&スターのリーダーである鈴木も田代の復帰手助けを自身のイベント内で約束するなどの支援を行っていった。

2009年(平成21年)3月18日にインターネット配信された『田代まさしのお久しブリーフ』第1回では、過去の事件について頭を下げて謝罪するとともに、「ありがたいことに色々なところからお仕事を頂いたり、ブブカゲームラボの連載を頂いたり、ちょくちょくライブなどに顔を出したりしている。芸能界的なお仕事もそうだが、ちゃんとした仕事もしていきたい」と近況や自身の今後についての胸の内を明かした。

2009年(平成21年)6月に発売されたニポポのアルバムには、そのうちの2曲に田代がボーカルとして関わり、そのうちの1曲は作曲まで行うことも報じられている[24]。さらに同年7月からは、ケーブルテレビCS放送のチャンネルであるMONDO21にて、活動再開後初のテレビ番組である『田代まさしのいらっしゃいマーシー』が放送された[25]

2009年(平成21年)9月24日、公式ブログ上で、冠番組『田代まさしのお久しブリーフ』の放送終了を報告とともに「リハビリ完了」を宣言した。同年11月2日、志村けんが自身のブログ上にて楽屋に田代が訪れて土下座された事を報告し、同エントリーに田代へのエールを綴った。更に同5日の田代のブログには志村とツーショットの写真がアップロードされ、両エントリーには500件以上のコメントが寄せられた。この頃、テレビの取材などで、薬物検査を受けて結果が陰性だったことを公表したり、記者から「もう薬をやりたいとは思わない?」と質問された際には「全然思わない。目の前に出されてもすぐ捨てられる」と語るなど、完全に薬物から決別したように見えた。

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出典:Wikipedia
2019/11/16 23:31
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