日本堤
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2.歴史
2.2.町域名としての沿革
1936年(昭和11年):浅草区地方今戸町、浅草田町一・二丁目、千束町三丁目、新吉原五十間町の各一部、浅草東町の全域が合併して浅草区日本堤一・二丁目が成立。
1941年(昭和16年):さらに地方今戸町、新吉原五十間町、田中町の各一部が合併して日本堤三・四丁目が成立。
1943年(昭和18年):下谷区龍泉寺町の一部が三丁目、下谷区三ノ輪町の一部が四丁目に編入される。
1947年(昭和22年):台東区に所属、浅草を冠称して浅草日本堤一丁目から四丁目となる。
1966年(昭和41年)10月1日:東浅草一・二丁目、浅草五丁目、千束四丁目を分離、また同時に残る浅草日本堤三丁目の全部および四丁目の一部と浅草田中町二・三丁目の全部、浅草山谷三・四丁目および三ノ輪町の各一部を併せて冠称を外し、日本堤一・二丁目となる。住居表示を実施。
[4]前ページ
(2.1.日本堤の地理と地名の由来)
[6]次ページ
(3.世帯数と人口)
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出典:Wikipedia
2019/09/23 01:31
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