日本航空123便墜落事故
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9.事故調査
9.3.調査報告書をめぐる疑問点

垂直尾翼の回収[編集]


事故調査報告書では、事故機の垂直尾翼の破壊過程については、尾翼の回収が部分的であるため、その詳細は特定できなかったとしている[77]。損壊した垂直尾翼については、事故から2か月以上が過ぎた1985年11月に、海上保安庁の協力を得て相模湾周辺の海底探査が行われたが、何も発見できずに打ち切られており、垂直尾翼の大半は回収されなかった。1986年4月25日に行われた事故調査報告書の案を検討する聴聞会では、公述人として参加した技術関係者や学識経験者から、事故原因の究明に重要な要素である垂直尾翼の破壊過程が十分に解明されていないという意見が出た。また、尾翼の捜索も不十分であるという指摘もあった[35][37]

垂直尾翼の破壊原因とされる「急減圧」は本当にあったのか[編集]


事故調査報告書では、圧力隔壁の損壊部分から与圧された客室内の空気が一気に流れ出したことで、機内には相当な減圧が発生したと推定している。事故調査委員会はこの減圧についての計算を行い、異常発生の8秒後には機内の与圧はすべて失われ、気温もマイナス40度にまで低下したことを示唆している[78]。これに対して、事故直後から18分間高度20,000フィート(約6100m)以上維持し、機長は急減圧発生時の所定の対応をとっておらず、操縦室では酸素マスクを使用した様子もない。また、生存者が室内温度の低下や急減圧時に発生する強風を否定「耳は軽く詰まった程度」とする証言をしていることなどから、123便には急減圧が発生していなかった(垂直尾翼を内部の空気で破壊するエネルギーは得られず、圧力隔壁の破壊が垂直尾翼を破壊したとのシナリオは破綻している)と指摘する意見がある[79]

この点、運輸安全委員会が事故から26年後の2011年(平成23年)7月に発行した解説書[80]では、2009年7月13日に、アメリカ合衆国で急減圧事故を起こしたサウスウエスト航空2294便に搭乗していた非番の機長2名の証言[81]を引用したあと、「実際に急減圧が発生した際の機内の状況は、乗務員を含めて一般的な理解とは大きく異なるのではないでしょうか」として検証と解説を行い、

断熱膨張によって室温がマイナス40度まで下がっても座席などの温度は変わらず、室温もエアコンによって3分程度で回復する
運行乗務員に低酸素症の兆候が見られることから、酸素マスクを使用しなかったのは操縦を優先するためではないか
としている。

外部破壊説・他[編集]


事故調査委員会の「圧力隔壁破壊が垂直尾翼の破壊をもたらした」とする報告書に対して、垂直尾翼の破壊が先に起き、これが圧力隔壁の破壊をもたらしたとする「外部破壊説」を主張する航空関係者[82]、元JAL社員[83]遺族[84]が存在する。一方、フライトレコーダー・ボイスレコーダーを根拠に、いわゆる「外部破壊説」を「都市伝説」と一蹴する元JALジャンボ機機長もいる[85]。それらを背景に再調査を求める声があるが[86]、現在にいたるまでボイスレコーダーの内容の一部は公開されておらず再調査も行われていない。

技術的、工学的な指摘としては、事故原因は圧力隔壁の破壊ではなく、垂直尾翼の方向舵に発生したフラッター(異常振動)によるものではないか、また、外部物体が垂直尾翼に当たって墜落したのではないか[87]という異論もある[37]

JALの事故調査[編集]


航空事故調査委員会とは別に、JALも社内事故調査委員会を設置して、独自の事故調査を行っている。この報告書は2002年8月にまとめられたが、社内外ともに非公開とされた。同年8月26日、同社の労働組合に対して行われた説明会において、その内容は「基本的には事故調査委員会の報告書と齟齬はない」とされた[88]

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出典:Wikipedia
2019/10/22 19:31
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