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日本グランプリ (4輪)
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2.過去の主な出来事
2.2.F1以降
★マークはドライバーズ・チャンピオン決定レース


1976年シーズンの最終戦としてF1が日本初上陸し、フェラーリニキ・ラウダマクラーレンジェームス・ハントとのチャンピオン決定戦となった。決勝当日の富士は豪雨に見舞われ、ラウダはコース状況が危険であるとして開始早々に自主リタイアしたが、その後天候は回復した。ハントは3位でフィニッシュし、わずか1ポイント差で逆転王座に輝くこととなった。また、予選1回目でコジマ・KE007に乗る長谷見昌弘がF1レギュラー陣を脅かす好タイムを記録。決勝では旧型ティレルを駆る星野一義が快走を見せ、一時は3位走行するも、用意していたタイヤを全て使い切ったため、レース半ばでリタイアした。
1977年
富士での2回目のF1開催となったが、レース序盤にフェラーリのジル・ヴィルヌーヴがティレルのロニー・ピーターソンに追突してコースアウトを喫し、立入禁止区域にいた観客らを巻き込む死傷事故が発生した。主催者側が十分な利益を上げられなかったことなどもあり、日本GPはF1カレンダーから姿を消すことになった。
1987年
「F1最強エンジン」の名を得たホンダの地元である鈴鹿サーキットに舞台を移し、10年ぶりに日本グランプリが復活した。ウィリアムズ・ホンダのチームメイト、ネルソン・ピケナイジェル・マンセルのチャンピオン争いのかかる戦いであったが、予選中のクラッシュでマンセルが欠場し、戦わずしてピケの3回目のチャンピオンが決定した。レースではそれまで37レース勝利のなかったフェラーリが、ゲルハルト・ベルガーの力走により、2年ぶりの勝利を飾った。日本人初のF1フル参戦を果たした中嶋悟は6位入賞を果たした。
1988年
このレースまでにシーズン14戦13勝を挙げていたマクラーレン・ホンダのチームメイト、アイルトン・セナアラン・プロストの間でチャンピオンが争われた。ポールポジションのセナはスタートを大失敗したが、猛烈な追い上げでポジションを挽回。28周目にプロストをかわして優勝し、自身初のチャンピオンを獲得した。レース後、セナは「スプーンカーブで神を見た」と発言した。
また、マーチイヴァン・カペリが非力なNAエンジンを搭載しながらも、プロストを抜いて1周のみラップリーダーを記録した。
1989年
セナ対プロストの鈴鹿決戦第2幕。先行するプロストに対してセナが47周目のシケインで仕掛けたが、プロストが譲らず両者は接触。セナはトップチェッカーを受けたが、シケイン不通過により失格となり、プロストの3度目のチャンピオンが決まった。繰り上がり優勝となったアレッサンドロ・ナニーニは、これがF1唯一の勝利になった。
1990年
セナ対プロスト3度目の対決は、スタート直後の1コーナーでセナがプロストにぶつかり、両者リタイアでセナの2度目のチャンピオンが決定した(後にセナ自身が故意に衝突したと発言)。ベネトンがワンツー・フィニッシュを果たし、鈴木亜久里が母国で日本人として初の表彰台(3位)を獲得した。
1991年
セナとマンセルのチャンピオン争いとなったが、マンセルが10周目の1コーナーでコースアウトしてリタイアしたため、セナの2年連続3回目のチャンピオンが決定した。セナは最終ラップのゴール直前にチームメイトのベルガーを先行させ、勝利を譲った。この年限りで引退を表明していた中嶋はサスペンショントラブルのためリタイアした。
1993年
スポット参戦でF1デビューしたエディ・アーバインが、優勝したセナに周回遅れにされる際、素直に道を譲らなかったことでセナの怒りを買う。レース後、セナがアーバインへ直接クレームをつけにいき、乱闘寸前の口論となった。
1994年
激しい雨のため赤旗中断となり、2ヒート合計タイムで最終順位が決まった。ベネトンミハエル・シューマッハとウィリアムズのデイモン・ヒルとのチャンピオン争いは、ヒルが粘りの走りでタイムレースを制し、タイトル決定を最終戦へ持ち越した。
1996年
ヒルとジャック・ヴィルヌーヴのウィリアムズのチームメイト同士によるチャンピオン争いとなったが、37周目のホイール脱落によってヴィルヌーヴがリタイアし、ヒルの自身初のチャンピオンが決定した。ヒルは父グラハムとの史上初の父子二代チャンピオンとなった。
1998年
マクラーレンのミカ・ハッキネンが独走優勝し、自身初のチャンピオンを獲得。ブリヂストンタイヤユーザーが初めてタイトルを獲得した。ハッキネンとは4ポイント差だったフェラーリのシューマッハはスタート前にエンジンストールし、最後方からの追い上げ中、リアタイヤのバーストによりリタイアした。
2000年
3年連続チャンピオンを目指すハッキネンとシューマッハが予選から最速タイムを出し合い、シューマッハが3年連続ポールポジションを獲得。決勝のスタートでトップに立ったハッキネンに対し、シューマッハは得意のピット作戦で形勢を逆転し、自身3度目かつフェラーリ移籍後悲願だったチャンピオンを獲得した。
2003年
チャンピオンに王手をかけたシューマッハに、マクラーレンのキミ・ライコネンが挑むレースとなった。雨の影響で予選14位と出遅れたシューマッハは我慢のレースを強いられ、辛うじて8位でフィニッシュして4年連続通算6度目のチャンピオンを決めた。
また、ヴィルヌーヴの欠場によりB・A・Rから急遽出場した佐藤琢磨は6位でフィニッシュし、チームのコンストラクターズ・ランキング5位獲得に貢献した。
2004年
グランプリ期間に入ってから接近した台風22号の影響で土曜日のセッションが全てキャンセルとなり、日曜日の午前中に2回の予選セッションを行い、午後に決勝レースを行うという、史上初の「ワンデイ・グランプリ」となった。
佐藤は同年のアメリカGPに続く母国での表彰台が期待されたが、チームメイトのジェンソン・バトンに先行され惜しくも4位に終わった。
2005年
予選ではトヨタが日本のコンストラクターとしては初めて日本GPのポールポジションを獲得(ドライバーはラルフ・シューマッハ)。決勝は17番グリッドからスタートしたライコネンが激しい追い上げを見せ、最終ラップの1コーナーでジャンカルロ・フィジケラを抜いてトップに立つという劇的な勝利を収めた。
2006年
一旦の鈴鹿での最後の開催となったレース。予選Q2でシューマッハが1分28秒954というコースレコードを記録した。決勝では首位を走っていたシューマッハが、37周目にシューマッハ自身6年ぶりのエンジンブローでリタイアし、ルノーのフェルナンド・アロンソが優勝。残り1戦を残して10ポイント差をつけチャンピオン争いに王手をかけた。
2007年
鈴鹿から富士へ移転してのF1開催は予選から降り続く雨に祟られ、決勝は19周のセーフティカーランの後にスタート。波乱の日本GPを制したのは、マクラーレンのルイス・ハミルトン。-
2010年
悪天候のため土曜予選が順延され、2004年以来2度目の「ワンデイ・グランプリ」となった。決勝ではザウバー小林可夢偉がヘアピンで5度のオーバーテイクを連発し、7位に入賞した。
2011年
この年3月に発生した東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所事故の放射能漏れの影響を心配する声に対し、FOM会長のバーニー・エクレストンは日本GPが安全に開催できることを確約。チケット1,500組3,000枚を用意して被災者を招待した。
2012年
予選4位からスタートした小林が、マクラーレンのバトンとの接戦を制し、自身初の3位表彰台を獲得。1990年の鈴木亜久里以来となる日本人ドライバーの母国GP表彰台を達成し、来場の観客から「カムイコール」を送られた。
2014年
台風18号接近に伴う悪天候の中、マルシャジュール・ビアンキがダンロップコーナーでスピンしマシンの撤去作業をしていたクレーン車に激しく衝突、レースは赤旗打ち切りとなった。意識不明となったビアンキは翌2015年7月17日に死去した[8]。F1でのレース中における死亡事故は1994年サンマリノグランプリアイルトン・セナ以来21年ぶりとなった。
2015年
この年マクラーレンのエンジンサプライヤーとして復帰したホンダ製パワーユニットのパワー不足のため度々1コーナーで抜かれたことで、アロンソが無線で「GP2」と声を荒らげるシーンがあった[9]
2017年
予選Q3でメルセデスのハミルトンが1分27秒319を記録し、シューマッハの2006年のコースレコードを更新した。
2019年
台風19号の接近により土曜の全セッションがキャンセルされ、2010年以来の「ワンデイ・グランプリ」で行われた[10]。メルセデスが1999年-2004年のフェラーリに並ぶ6年連続コンストラクターズチャンピオンを決め[11]、ハミルトンは2005年にライコネンが記録したファステストラップレコードを14年ぶりに更新した。山本尚貴がトロ・ロッソから金曜フリー走行1回目に出走し、2014年の小林可夢偉以来5年ぶりに日本人ドライバーがF1公式セッションに参加した[12]。レースは53周で行われる予定であったが、電光掲示板で誤って1周早くチェッカーフラッグが振られるハプニングがあり、規則に従い、52周で終了した[13]
[4]前ページ
(2.1.F1以前)
[6]次ページ
(3.1.1963年〜1976年)
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出典:Wikipedia
2019/12/31 11:30
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2020/02/27 更新
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