南沙諸島
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2.領有権をめぐる歴史
中華人民共和国政府は、二千年前の『異物志』(後漢の楊孚の著)に基づいて「漲海崎頭」(南海諸島もしくは南シナ海沿岸地形)を中国人が発見したと主張している。しかし、その約200年後の『南州異物志』(三国時代・呉の萬震の著)には、「外徼大舶」(外国の大船)が「漲海崎頭」を発見したと記載されており[14]、中華人民共和国の南海研究院院長・呉士存が自著『南沙爭端的起源與發展』(2010年)で引用した「外徼大舶」が、英訳本では"boats used by foreigners"と訳されている[15]

の官修地誌では、領土の最南端は海南島とされており、南沙諸島は清の領土線の外であった。官修地誌以外の民間著作でも、清の中晩期の『南洋蠡測』(顔斯綜の著)中に「萬里石塘」の記載があり、「此の塘を以て華夷中外の界を分かつ」と記述されている。境界線の位置は海南島の南の西沙諸島付近であった。また清の乾隆年間の『?遊紀略』(陳洪照の著)では、海南島付近と推定される「七州洋」を「中外之界」としている[15]

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(1.概要)
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(2.1.ベトナムを植民地支配していたフランスによる領有)
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出典:Wikipedia
2019/07/05 20:00
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