東北地方太平洋沖地震
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5.過去の地震・想定地震との比較
5.2.想定に入れられなかった過去の巨大地震
この地震の震源域は、869年貞観11年)に宮城から福島にかけての太平洋沖で発生したM8.4(産業技術総合研究所による)の貞観地震の推定震源域と類似しており、地震発生直後よりこの再来である可能性が指摘された[119][120]。貞観地震は以前より文献記録によって知られていたものの、2000年代になって津波堆積物の調査によって石巻東松島で海岸から3km内陸まで遡上、仙台で同2km、名取岩沼で同4km、亘理山元で同2kmと大規模な津波を伴う巨大地震であったことが明らかになった。堆積物の広域調査から同様の巨大地震は紀元前390年頃430年頃、貞観11年(869年)、1500年頃と過去4回発生しており、再来間隔は450 - 800年程度と推定する報告があった[121]。また、東北学院大学地質調査により、約2千年前の弥生時代にも津波が発生しており、本地震で発生した津波浸水域と同程度の浸水域が仙台平野では発生していた可能性があることが地震後報道された[122]。これらのことから、東北地方太平洋沖地震発生後に海溝型地震の長期評価見直しを進めた政府の地震調査委員会は2011年11月24日、津波堆積物の調査結果を反映して、紀元前4-3世紀頃、4-5世紀頃、869年の貞観地震、15世紀頃[123]、今回の地震、合わせて都合5回、三陸から房総にかけて約600年周期で海溝型地震が発生していると認定し、次回の地震規模はM8.3-9.0としている[113][124]。なお、869年貞観地震は日本海溝深部、1896年明治三陸地震は日本海溝浅部の、お互い隣接する細長い震源領域の地震と考えられており、本地震は「貞観地震と明治三陸地震が同時発生した」と見る研究者もいる[28]

2011年4月13日東北大学の当地震の緊急報告会[125]で、東北アジア研究センター教授の平川新は、江戸時代に整備された宿場町が、今回の地震で津波被害を受けていないことを指摘。「慶長16年(1611年)に発生した慶長三陸地震では、当地震と同等規模の津波浸水域が発生したとされ、その経験を基に宿場・街道などが整備された」、「明治時代以降の土地利用で津波経験の記憶を喪失した」との報告を行った[126]。また、同報告会では、貞観地震で発生した津波よりも本地震で発生した津波の方が大規模だったとの報告も行われている[127]

石橋克彦は「日本三代実録」の記録を基に、今回の地震が貞観地震より大規模なもので震源域が南に延びていたかもしれないと推定している。理由は、貞観地震では京都(今回震度3)や関東(今回震度4-5)の地震記事がない[128]というものである[129]

岩手県大槌町では岩手県や大槌町の調査により、本地震による津波の浸水範囲は、明治三陸地震による津波の浸水範囲とほぼ同程度だったことが判明している[130]。同年5月15日にこれが発表されるまで町側は津波の規模や被害を想定外としていたが、実際には本地震から過去115年前にも同規模の津波が襲来したことが明らかになり、改めて三陸沿岸一帯が「津波常襲地帯」であることが浮き彫りになった[130]

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(5.1.地震調査委員会の想定)
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(6.予知および前兆現象)
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出典:Wikipedia
2018/08/08 23:32
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2018/08/21 更新
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