東武東上本線
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2.歴史
2.3.東武鉄道との合併・寄居までの全通
1918年(大正7年)3月、それまでの私設鉄道法によって運営された区間は以後、軽便鉄道法による旨が指定され[13]、また第一次世界大戦の影響に伴う物価急騰により東武・東上両鉄道の営業費が増加したため、両社を合併し、営業上の経費節減と車両の運用諸設備の更新などを図る方針が固められた。

1920年(大正9年)4月7日に両社長間で合併の仮契約を結び、同年4月27日に合併を決議[12]、翌4月28日に東武鉄道社長根津嘉一郎が鉄道大臣に「東武東上合併認可申請書」を提出し、同年7月22日までに開業線池袋 - 坂戸町間40.6kmと未開業線坂戸町 - 高崎間62.8kmの一切をもって東武鉄道と合併する旨の業務引き継ぎが行われ、同年7月27日の東武鉄道による会社合併登記をもって東上鉄道は解散した[12][15]。同年9月の鉄道大臣認可により合併業務が完了した。これに伴い、東上鉄道路線は東武鉄道東上本線となった。合併に際しては、東上鉄道の1株当たり東武鉄道の1株を割り当てる5:5の対等合併が行われた。

池袋 - 寄居間の現路線はすべて東上鉄道時代に開業、もしくは着工されている。東武鉄道合併後の1923年(大正12年)に坂戸町 - 武州松山(現・東松山) - 小川町間、1925年(大正14年)7月に小川町 - 寄居間が開通して、現路線の全線が完成した。

東武鉄道と東上鉄道の合併時点(1920年)では寄居以北の延伸についても準備が進められていて、用地買収中であったが、国鉄(鉄道省)八高線の建設計画により中断された。その後1924年(大正13年)の寄居 - 高崎間免許失効により延伸計画は撤回され、東武東上本線は池袋 - 寄居間の路線として確定した。

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(2.2.本免許・池袋 - 坂戸町間開通)
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(2.4.年表)
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出典:Wikipedia
2019/11/12 02:37
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