東諸県郡
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2.歴史
2.1.郡発足までの沿革
旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、諸県郡のうち後の本郡域の支配は以下の通り。(1町30村)
慶応4年
4月25日1868年6月15日) - 幕府領が富高県の管轄となる。
8月17日(1868年10月2日) - 富高県の管轄区域が日田県の管轄となる。
明治3年(1870年) - 旗本領が日田県の管轄となる。
明治4年
2月 - 領知替えにより、日田県の管轄地域が延岡藩領となる。
7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により、鹿児島県高鍋県延岡県の管轄となる。
11月14日(1871年12月25日) - 第1次府県統合により、後の東諸県郡域のうち概ね大淀川以北(高岡郷)が美々津県、残部が都城県の管轄となる。
明治6年(1873年1月15日 - 全域が宮崎県(第1次)の管轄となる。
明治初年 - 本庄村が分割して北本庄村・十日町・六日町・南本庄村となる。(3町31村)
明治9年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により鹿児島県の管轄となる。
明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての諸県郡が発足。郡役所が都城に設置。
明治16年(1883年5月9日 - 宮崎県(第2次)が発足し、諸県郡のうち同県に所属する区域をもって北諸県郡が発足。
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(1.郡域)
[6]次ページ
(2.2.郡発足以降の沿革)
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出典:Wikipedia
2019/03/28 08:30
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