東ローマ帝国
▼人気記事ランキング
7.宗教
7.2.「皇帝教皇主義」という誤解
東ローマ帝国の政教の関係を指して「皇帝教皇主義(チェザロパピズモ)」と呼ぶことがあるが、これには大きな語弊がある。確かに、東ローマ帝国では西ヨーロッパのように神聖ローマ帝国「皇帝」とローマ「教皇」が並立せず、皇帝が「地上における神の代理人」であり、コンスタンティノポリス総主教等の任免権を有していた。

しかし、正教会において教義の最終決定権はあくまでも教会会議にある。聖像破壊運動を終結させた第七全地公会も、主催はエイレーネーによるものの、決定したのはあくまで公会議である。ローマ教皇のような一方的に教義を決定できる唯一の首位を占める存在といったシステムが正教会にそもそも無い以上、皇帝がローマ教皇のように振舞える道理は無かった。

実際、9世紀の皇帝バシレイオス1世が発布した法律書『エパナゴゲー』では、国家と教会は統一体であるが、皇帝と総主教の権力は並立し、皇帝は臣下の物質的幸福を、総主教は精神の安寧を司り、両者は緊密に連携し合うもの、とされていた。また皇帝の教会に対する命令が、教会側の抵抗によって覆されるということもしばしばあった。

[4]前ページ
(7.1.正教会)
[6]次ページ
(7.3.宗教論争)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2019/08/09 23:00
ソ人気記事ランキング
2019/08/25 更新
 1位日本
 2位文京区幼女殺人事件
 3位飯田祐基
 4位名古屋小6受験殺人事件
 5位山本美香
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant