男木島
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1945年太平洋戦争終結後、男木島の人口は引き揚げによって著しく増加し、多くの家屋が建てられた[20]1950年代には島の人口は1500人から2000人ほどとなっていたものの、その後の高度経済成長によって多くの人口が都市部に流出し、1980年(昭和55年)の時点で人口は551人まで落ち込んだ[34]。また、男木島は1957年(昭和32年)12月23日離島振興法の指定を受け、それに基づき1976年(昭和51年)2月に簡易水道が設営された[12][35]

1987年(昭和62年)には男木島灯台が無人化された[33]。その後灯台に隣接する、職員が寝泊まりするために建てられていた退息所は改築され、灯台の歴史をテーマとする資料館として再利用された[32][33]2003年平成13年)にはジイの穴とタンク岩、および灯台資料館とを結ぶ遊歩道が整備され、翌2004年(平成13年)にはこの遊歩道周辺に水仙の球根を植え、男木島を「水仙の島」にしようという計画が立ち起こった[36][37]。島に自生していたものを掘り起こすなどして、5年以上かけて遊歩道周辺の耕作放棄地約1万2000平方メートルに36万個の球根が植え付けられた[36]

瀬戸内国際芸術祭2010年(平成22年)7月19日から10月31日までの105日間、男木島を含む7つの離島および高松港宇野港周辺で開催され、男木島では14の芸術作品が展示された[38][39]。男木島では観光客を迎えるための準備が積極的に行われ、食事を提供する施設、港の公衆トイレ、荷物預かり所などが整備されたほか、アーティストが作品を展示するための空き家の提供なども行われた[40]。会期中、島には累計9万6503人、1日平均919人の観光客が訪れた[41]。観光客の数は「島が沈む」のではと思わせるほどのもので、男木島は大きく賑わった[40]。また、この芸術祭の後には1人のIターン希望者が現れ、このことは今後に希望を感じさせる朗報として受け取られた[42]

2013年(平成25年)の第2回瀬戸内国際芸術祭は会期を春、夏、秋の3つに分ける形で行われたほか、新たに会場として香川県内の5島が追加された[46]。男木島を訪れる観光客は累計4万9712人と減少したものの、島民からは「男木島に関しては今回の来場者くらいが、来場する人の質の面でも、島民の生活に不便が出ないという面でも、妥当と考える」との意見も出た[47][48]。また、この芸術祭の後には島の悲願でもある、子供連れのUターン希望者が現れた[49]。同年の秋には、休校中であった男木小中学校が小学生4人、中学生2人を迎えて再開された[50]

男木島は瀬戸内国際芸術祭の開催、また同年に著名な動物写真家である岩合光昭が撮影に訪れ、同島の猫たちを紹介したことをきっかけに「猫の島」としての知名度が高まった[51][52]。男木島の存在は愛猫家のネットワークに瞬時に広がり、2014年(平成26年)度に訪れた観光客は5200人にのぼった[52]。しかしその反面、増え続ける猫に農作物が荒らされる被害や、猫の糞尿による悪臭の苦情が相次いだほか、島に生息する猫の健康状態が目に見えて悪くなっていたことから、2016年(平成28年)5月30日から6月3日にかけ、兵庫県芦屋市を拠点とする公益財団法人、「どうぶつ基金」の主導のもと島内の猫のべ117頭に、去勢手術が施された[51][53]

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出典:Wikipedia
2019/05/27 21:31
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