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弾正台
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1.弾正台(律令制)
1.4.任官・自称した人物
前近代の日本で「弾正(尹・大小弼・大小忠)を名乗る人物には、朝廷から弾正台の四等官として正式に任命された公認の称号もあれば、そうでない非公式な自称もある。

為尊親王は弾正宮と呼ばれ、源仲国は弾正少弼であった[1]。また、幕末に朝廷の中心人物の一人であった中川宮朝彦親王は、二品弾正尹に任ぜられ尹宮(いんのみや)と称された。

「弾正」を称した戦国大名では、当主が代々「弾正忠」を自称した家系である「織田弾正忠家」出身の織田信長の場合、『歴名土代』に「織田弾正忠、平信長」と記載があり、朝廷に公認された官職である。松永久秀永禄3年(1560年)弾正少弼に任命されていることが歴名土代で確認できる。上杉謙信天文21年(1552年)に弾正少弼に叙任とされ[2]、後に養子の景勝に弾正少弼の官職を譲った。景勝の子定勝は弾正大弼に叙任され、以後、江戸時代の米沢上杉家当主は代々、弾正大弼に叙任され名乗った。ここから米沢上杉家を「上杉弾正大弼家」と呼ぶことがある。

ほかに弾正忠(だんじょうのちゅう / だんじょうのじょう) を自称したものでは、甲斐武田氏家臣の三弾正こと高坂昌信(逃げ弾正)、真田幸隆(攻め弾正)、保科正俊(槍弾正) などが特に知られている。

[4]前ページ
(1.3.弾正尹の辞令(宣旨)の例)
[6]次ページ
(2.弾正台(明治時代))
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出典:Wikipedia
2020/01/06 17:31
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