鶴ひろみ
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1.生涯
小学2年生時に自ら希望して、姉と共に劇団ひまわりへ入団[3]。小学校3年生の1968年に『コメットさん』(TBS)のオーディションを受け、第63話「妖怪の森」でドラマデビュー。1969年には同じ脚本・市川森一、監督・山際永三コンビによる『恐怖劇場アンバランス』(フジテレビ)の第4話『仮面の墓場』にも出演している。その後も、学習誌の表紙や子供服のファッションショー、『彩の女』(フジテレビ)などのテレビドラマに出演していた。日曜洋画劇場テレビ朝日)放送の『ダウンタウン物語』で、ジョディ・フォスター吹き替えも行った。

高校3年生だった1978年世界名作劇場ペリーヌ物語』のオーディションに合格し、主人公・ペリーヌ役で声優デビュー。『ペリーヌ物語』放送終了後、2年間は声優業を行っていなかったが、1981年に『おはよう!スパンク』でキャット役を担当。

1982年、『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』のレビ役のオーディションに受かったのをきっかけに、本格的に声の仕事に取り組むため、砂岡事務所から青二プロダクションへ移籍[3]。以後、声優としての活動を活発に行うようになった。

次第に松井菜桜子富沢美智恵川村万梨阿らと強気な演技を得意とする声優として名が知られていく。

1984年海外ドラマ『超能力プリンス マシュー・スター』で半年間出演したことをきっかけに、恋人役で共演した声優の難波圭一と交際を始める。そして1985年にアニメ『タッチ』で難波が演じた上杉和也の葬儀イベントで婚約を発表し[4][5]1986年1月4日神谷明夫妻を立会人にハワイで挙式した[6][7]。後に離婚。

1990年代以降は、バラエティ番組報道番組などにおけるナレーション業が増え、こちらを主体とした活動を行っていた。また、舞台に出演することもあった。亡くなる直前までナレーションの仕事をしていた。

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(1.1.急死)
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出典:Wikipedia
2019/04/25 01:00
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