津川雅彦
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3.人物
3.1.家族との関わり
一人娘の真由子を溺愛していた。そのため、もし彼女に恋人ができたとしても、「(娘の彼氏という立場の男を)好きになれるはずがない!」と、断固娘の恋人を拒否し続けていた。溺愛の理由には、真由子が1974年に生後5か月で誘拐された津川雅彦長女誘拐事件が一因となっている。誘拐当時、東京新聞から「売名行為の自業自得」などと批判めいた報道もなされていた。

兄の長門裕之とはデビュー以来何かと比較されライバル関係が続いていたが、『マノン』の演技で津川が1982年度のブルーリボン賞最優秀助演男優賞を受賞した際に、長門が津川の実力を認め、和解して現在に至る。長門の晩年は共演が多く、『八代将軍吉宗』『サラリーマン金太郎』『刑事☆イチロー』『相棒』『戦国自衛隊・関ヶ原の戦い』などがある。また自身の監督作品『寝ずの番』『次郎長三国志』にも長門が出演した。また長門が死去した際、妻の南田洋子を既に亡くし、子供もいなかったため、津川が葬儀の喪主を務めた。

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(3.2.緒形拳との関係)
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出典:Wikipedia
2018/08/12 01:00
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