沈まぬ太陽
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1.作品概要
日本のナショナル・フラッグ・キャリアである国民航空の社員で同社の労働組合委員長を務めた恩地元と彼を取り巻く人々の描写を通して、人の生命にかかわる航空会社の社会倫理を表現した作品である。日本航空とその元社員である小倉寛太郎、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日本航空123便墜落事故などがモデルとされている。実在の複数の人物が登場人物のモデルとなったとの推測があるが、山崎豊子は公式には認めていない。

小説内に「多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基き、小説的に再構築した」という注がある[2]。この作品の『週刊新潮』への連載・映画化に日本航空は不快感を示し、雑誌連載中は日本航空機内での『週刊新潮』の扱いを取りやめていた[4]。 本作は、以下の3編からなる。

読む際には、あくまでも「小説のフィクション」であることを留意する必要がある。

作中の現在は1971年(昭和46年)11月13日午後(ケニア時間)より。
国民航空ナイロビ営業所に勤務する恩地を中心に物語は進行する。国民航空の労働組合委員長として経営陣と対立した結果、カラチテヘラン、そしてナイロビの足掛け8年に亘る「現在の流刑」にも等しい左遷人事に耐える中で、母親と死別し、家族と別れることになった経緯と作中の現在に至るまでが、回想形式で描かれる。一方、大学の同輩であり組合の副委員長として恩地を蔭ながら支えてきた行天四郎は、堂本常務の言葉によって恩地と袂を別ち、出世街道を歩むこととなる。
御巣鷹山篇
作中の現在は1985年(昭和60年)8月12日18時24分頃(日本時間)より。
10年の左遷に耐えて日本に帰国した恩地であったが、国民航空は追及の手を緩めず、恩地を更に10年の間、東京本社での閑職に追いやる。そんな中、御巣鷹山で「国航ジャンボ機墜落事故」が発生、救援隊・遺族係へ回された恩地を中心に物語は進行する。一部実在者を含む遺族の姿がオムニバス形式で随所に挿入されている[5]
会長室篇
作中の現在は1985年(昭和60年)12月より。
御巣鷹山墜落事故から4ヶ月後、利根川総理大臣は国民航空の再建を期し、関西の紡績会社の会長である国見正之を国民航空会長に据えた新体制をスタートさせた。遺族係として大阪に赴任していた恩地は東京に呼び戻され、国見が新設した「会長室」の部長に抜擢される。改革に奔走する国見と恩地、そして次期社長の座を狙う行天を中心として、国民航空の腐敗体質の温床となった存在と、その背後の黒幕が描かれる。
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(2.登場人物・企業)
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出典:Wikipedia
2019/06/24 07:30
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