長崎市への原子爆弾投下
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3.長崎原爆投下の背景と経緯
3.2.超ウラン元素プルトニウム
プルトニウムの歴史は、まずウラン原子核原子番号92)の核分裂の実験の際に、原子番号93,94の元素の存在が予言されたことに始まる。1940年に原子番号93のネプツニウムが発見された。次いで1941年2月に原子番号94のプルトニウムがカリフォルニア大学バークレー校グレン・シーボーグにより発見された。

この頃の世界情勢は1939年9月にヨーロッパ第二次世界大戦が勃発しており、またその頃に亡命物理学者レオ・シラードF・D・ルーズベルト大統領宛に原爆開発の歴史的な進言書(アインシュタイン=シラードの手紙)を送っていた。

プルトニウムが兵器原爆の原材料としての関心を集めるのも時間の問題であった。

なお1940年3月には「フリッシュ&パイエルス覚書」 (Frisch-Peierls memorandum) により、原爆の実現可能性が示されており、核分裂のエネルギーを利用する軍事研究が既に始まっていた。

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(3.1.アメリカとイギリスと日本の軍事的な経緯)
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(3.3.プルトニウム生産原子炉)
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出典:Wikipedia
2018/09/16 13:30
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2018/09/21 更新
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