長崎市への原子爆弾投下
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3.長崎原爆投下の背景と経緯
3.1.アメリカとイギリスと日本の軍事的な経緯
1939年1月、イギリス国王書簡局発行『年2回刊 陸軍将校リスト 1939年1月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[27]
1939年8月2日イギリス委任統治領パレスチナヘブライ大学建設資金集めに尽力してきたユダヤ人アインシュタインが、フランクリン・ルーズベルト大統領に宛てた手紙(アインシュタイン=シラードの手紙)で、「大量のウラン核分裂連鎖反応を起こす現象は、新型爆弾の製造につながるかもしれない。飛行機で運ぶには重過ぎるので、船で運んで港湾ごと爆破することになる。アメリカで連鎖反応を研究している物理学者グループからなる諮問機関をつくるのがいい」と進言。
1939年9月1日、第二次世界大戦勃発。
1939年10月11日、その手紙(アインシュタイン=シラードの手紙)がフランクリン・ルーズベルト大統領に届けられる。
1939年10月21日、アメリカはウラン諮問委員会を設置。
1940年1月、イギリス国王書簡局発行『年2回刊 陸軍将校リスト 1940年1月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[28]
1940年4月10日、イギリスが、第一回ウラン爆発軍事応用委員会(MAUD委員会)の会議を開催。
1940年4月理研仁科芳雄がウラン爆弾計画を安田武雄陸軍航空技術研究所長に進言[29]
1940年4月安田武雄中将が部下の鈴木辰三郎[30]に「原子爆弾の製造が可能であるかどうか」について調査を命じた。
1940年6月、鈴木辰三郎は東京帝国大学の物理学者嵯峨根遼吉(当時は助教授)の助言を得て、2か月後に「原子爆弾の製造が可能である」ことを主旨とする報告書を提出[30]
1940年7月、イギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1940年7月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[31]
1940年7月6日、すでに理研仁科芳雄等がイギリスの学術雑誌ネイチャーに投稿してあった『Fission Products of Uranium produced by Fast Neutrons(高速中性子によって生成された核分裂生成物)』と題する、2個の中性子が放出される(n. 2n)反応や、複数の対象核分裂を伴う核分裂連鎖反応(臨界事故)を起こした実験成果が、掲載された[32]。この実験では臨界量を超える天然ウラン(ウラン238-99.3%, ウラン235-0.7%)に高速中性子を照射したわけだが、現在ではそのことによってプルトニウム239が生成されることや、核爆発が起きることが知られている[33]
1940年10月、イギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1940年10月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[34]
1941年1月、イギリス国王書簡局発行『年2回刊 陸軍将校リスト 1941年1月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[35]
1941年4月大日本帝国陸軍理研原爆の開発を依頼。二号研究と名付けられた[30]
1941年7月、イギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1941年7月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[36]
1941年7月15日、イギリスのウラン爆発軍事応用委員会(MAUD委員会)は、ウラン爆弾が実現可能だとする最終報告を承認して解散。
1941年9月25日〆のイギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1941年10月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[37]
1941年10月、イギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1941年10月号』に、昭和天皇の名がイギリス正規軍の陸軍元帥として掲載される[38]
1941年10月3日、イギリスのウラン爆発軍事応用委員会(MAUD委員会)最終報告書が、公式にフランクリン・ルーズベルト大統領に届けられる。
1941年11月末、後に連合国軍最高司令官総司令部の主要メンバーとなるユダヤ人ベアテ・シロタ・ゴードンの母で、大日本帝国貴族院議員のサロンを主催していたオーギュスティーヌが、夫レオ・シロタと共にハワイから再来日。
1941年12月8日、日本がハワイ真珠湾攻撃して、太平洋戦争が勃発するとともに、日本は第二次世界大戦に参戦することとなった。
1942年9月26日、アメリカの軍需生産委員会が、マンハッタン計画を最高の戦時優先等級に位置づけた。
1942年10月11日、アメリカはイギリスにマンハッタン計画への参画を要請。
1944年7月9日、朝日新聞に、『決勝の新兵器』と題して「ウラニウムに中性子を当てればよいわけだが、宇宙線には中性子が含まれているので、早期爆発の危険がある。そこで中性子を通さないカドミウムの箱に詰め、いざという時に覆をとり、連鎖反応を防ぐために別々に作ったウラニウムを一緒にして中性子を当てればよい。」という記事が掲載された。ウラン原爆の起爆操作と全く同じであった。[39]
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(3.2.超ウラン元素プルトニウム)

27. THE HALF-YEARLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
28. THE HALF-YEARLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
29. (2000)"原子力資料集(年表など)_原子力年表_黎明期(1895年〜1952年)_1940年〜1943年(昭和15年〜18年)". 高度情報科学技術研究機構.2016年8月25日閲覧
30. “幻の原爆開発 科学者が巻き込まれた2つの出来事とは…”. 産経新聞. (2015年8月3日). http://www.sankei.com/life/news/150803/lif1508030013-n1.html 2016年8月26日閲覧。 
31. THE QUARTERLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
32. Y. NISHINA , T. YASAKI , H. EZOE , K. KIMURA & M. IKAWA(1940)"Fission Products of Uranium produced by Fast Neutrons".United Kingdo.Nature Research.2016年8月25日閲覧)
33. 沢田昭二著第6回 英国生まれの原爆原理.原水爆禁止日本協議会公式サイト
34. THE QUARTERLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
35. THE HALF-YEARLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年8月7日閲覧
36. THE QUARTERLY ARMY LIST, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
37. THE QUARTERLY ARMY LIST OCTOBER 1941, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年8月7日閲覧
38. THE QUARTERLY ARMY LIST OCTOBER 1941, HIS MAJESTY'S STATIONERY OFFICE. 2016年12月7日閲覧
39. 深井佑造(2011)紀要『技術文化論叢』. 東京工業大学.p.10-11. 2016年8月25日閲覧

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出典:Wikipedia
2017/08/06 15:01
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