朝日新聞
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3.注目を集めた報道・スクープ
1912年7月30日大正改元スクープし、号外速報を行った[164]
1934年4月29日阿武山古墳発見のスクープ[165]
1945年9月12日、前日に自殺を図ったが未遂に終わった東條英機東條英機自殺未遂事件)について、現場に居合わせた朝日新聞記者が聞き取った言葉を「東條大将の遺言」として掲載した[166]
1948年8月7日、埼玉県本庄町にて、織物業者と警察検察幹部との癒着を指摘する記事を書いた朝日新聞記者が暴力団とつながりのある町議から暴行・脅迫を受けるという事件が発生。これを発端として、朝日新聞紙面と地域住民が一体となった暴力団追放キャンペーンが起こった。
1954年、第三頁の総合解説面が評価され、第2回菊池寛賞を受賞した[167]
1956年2月25日より、朝日新聞社全国社会福祉協議会が主体となって、行方知れずの肉親を探し出す「親さがし運動」が始まった。このキャンペーン報道は、翌1957年に創設されたばかりの日本新聞協会賞の第1号受賞となった[168]
1958年2月28日より、22日間にわたって連載「神風タクシー」を掲載した[169]。当時の社会問題となっていた無謀走行を繰り返すタクシー運転手を取り上げ、問題の本質は、長時間労働と過酷なノルマ強要にあるとし、タクシー会社に待遇改善を訴えるキャンペーンを張った。これを受け、日本労働組合総評議会などは神風タクシー撲滅運動を展開した。その結果、神風タクシーは厳しく摘発され、姿を消した[170]。この報道により、1958年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1959年7月14日熊本大学医学部の水俣奇病総合研究班が水俣病の原因は有機水銀中毒であることを突き止めたと報道した[171]
1960年、紙面に「世界の鼓動」欄を創設した。これにより、1960年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1962年、朝日新聞東京本社論説委員(当時)茂木政が特派員として世界各地をまわり、複数の海外記事を掲載した。この報道により、1962年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1962年5月17日大日本製薬がサリドマイド製剤の自主的な出荷中止を厚生省に申入れたことをスクープした[172]。そして翌日5月18日西ドイツの奇形児急増はサリドマイドの副作用(催奇形性)による疑いがあることを報じた[173]ものの、日本国内でのサリドマイド児発生の事実を報道することはなかった[174]。なお、この時の大日本製薬の対応について、サリドマイドの製造販売の自主的停止を決定した[175]、とされることがあるが、実際には出荷停止のみで販売は継続された。そしてその結果、被害は拡大した。1962年9月13日、日本国内のサリドマイド児の存在が初めて明らかにされたため[176]、翌月9月13日になって、大日本製薬は製品の販売中止及び回収を決定した。1963年6月28日、大日本製薬を被告として損害賠償請求が提訴され、1974年10月13日に全国サリドマイド訴訟統一原告団と国および大日本製薬との間で和解確認書が調印された。同年10月26日には東京地裁で和解が成立し、その後、同年11月12日までに、東京地裁をはじめ全国8地裁で順次和解が成立した[177]
1964年、前年の1963年に朝日新聞で連載された本多勝一・藤木高嶺両記者のカナダエスキモーに関する記事について、「未開民族の内に身を挺して、苦楽の生活を共にし、画期的な報道をした功績」と評価され、第12回菊池寛賞を受賞した[167]
1968年ベトナム戦争を取材した本多勝一記者の記事および書籍「戦場の村」が評価され、日本ジャーナリスト会議[178]が贈る第11回JCJ賞の本賞を受賞した[179]。本多勝一はボーン国際記者賞を受賞し、書籍は毎日出版文化賞を受賞した[180]
1968年1月、「エンタープライズ日本海入口に」と題し、長崎県佐世保基地に直航するため日本近海を航行していたアメリカ海軍航空母艦エンタープライズの報道写真を掲載。この報道により、1968年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1969年、読者投稿欄「声」が評価され、第12回JCJ賞の奨励賞を受賞した[179]
1971年、朝日新聞のほか東京新聞東京タイムズ神奈川新聞共同通信社NHKの記者13名による川崎公害報道研究会の報道・活動が「公害報道と住民運動との結合」として評価され、第14回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1974年、連載「企業都市」が評価され、第17回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1976年2月5日アメリカ合衆国航空機製造大手のロッキード社による不正旅客機受注問題に関するロイターの第一報を、日本の新聞としていち早く転載した[181][145]。この事件は日本政財界にも波及し、元首相の田中角栄全日本空輸[183]幹部、丸紅幹部をはじめとする複数人の大物政財界人の逮捕に繋がった。同年8月には朝日新聞アメリカ総局員がロッキード社前副会長のカール・コーチャンと単独会見を行い、会見記を連載した。この報道により、1977年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1978年6月、1976年8月6日に収賄罪容疑で逮捕され[184]、同年8月11日福島県知事を辞任した木村守江に関する朝日新聞の報道記事[185]をまとめた『木村王国の崩壊―ドキュメント福島県政汚職』が発売された。一連の報道により、1978年度日本新聞協会賞[168]と第21回JCJ賞の本賞[179]を受賞した。
1979年10月2日国際電信電話(KDD)[186]の社員2人が成田空港で、海外から高級ブランド品を不法に持ち込もうとして東京税関成田支所から摘発された。事件の第一報は日本経済新聞によって報じられたが、朝日新聞がその後、KDDの乱脈経理をスクープしたことにより、警視庁検察庁が合同捜査を開始。同年10月25日には、KDD社長(当時)板野学が引責辞任し、翌1980年2月24日にはKDD前社長室長の佐藤陽一が業務上横領と関税法違反容疑で逮捕された[187]。また同年3月18日郵政省電気通信監理官(当時)松井清武と同省郵務局国際業務課長(当時)日高英実の2人が収賄容疑で逮捕された[188]。さらに同年4月5日、警視庁は辞任したKDD前社長の板野を、業務上横領容疑で逮捕した[189]
1980年9月12日、埼玉県所沢市の富士見産婦人科病院で子宮癌を宣告された妊婦患者が他の病院でも診察を受けたところ、子宮には全く問題なかったことが判明したと報道した。同様の事例は数百件にのぼり、富士見産婦人科病院の乱診乱療が疑われた。また、当時の理事長が、超音波検査を用いた診療を無資格で行っていたことも明らかになった。また、事件が注目される中、富士見産婦人科病院側が斎藤邦吉厚生大臣鈴木善幸内閣)に政治献金を行っていたことが発覚し、斎藤は引責辞任した。傷害罪に関しては証拠不十分で不起訴処分となったが、元理事長の無資格診療については、元理事長が医師法違反、理事長の妻の元院長が保助看法違反の容疑でそれぞれ起訴された。1988年1月29日浦和地裁は元理事長と元院長に対し、執行猶予付きの有罪判決を言い渡した[190]。民事訴訟では、1981年に元患者の女性ら63人が「でたらめな診断で正常な子宮などを摘出された」として賠償を求める訴訟を起こした。1999年6月、東京地裁は元理事長、元院長ら7人に賠償を命じた。元理事長と元院長は控訴を断念し、もう1人の医師は1億5000万円の支払いで和解が成立したが、残る4人の医師が控訴した。2004年7月13日最高裁は4人の医師の上告を棄却し、元理事長らと合わせて5億1400万円の支払いを命じた。翌2005年3月2日厚生労働省の医道審議会は元院長の医師免許取消、元勤務医2名の医業停止2年、1名の医業停止6ヶ月、1名の戒告を決定する行政処分を下した[191]
1981年歴史教科書問題を巡る報道が評価され、第24回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1982年公共事業を巡る茨城県の土木建築業の談合の実態を描くキャンペーン報道を展開。この報道により、1982年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1982年8月29日、「47点の秘宝、大半はニセ」の見出しで、東京日本橋三越デパート本店で同年8月23日から30日にかけて開催された「古代ペルシア秘宝展」で展示された総額21億円にのぼる美術品の大半が偽物であることを報道した[192]
1983年風景写真を取り上げた連載「風景シリーズ」が評価され、第26回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1983年、兵器生産の現場の取材記事が評価され、第26回JCJ賞の奨励賞を受賞した[179]
1983年、東京医科歯科大学教授選考過程において、金銭の授受などの汚職があったことを報道した[192][193]。この報道により、1984年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1984年3月14日、栃木県宇都宮市精神科病院報徳会宇都宮病院」で、前年(1983年)に看護職員らの暴行によって患者2名が死亡したことをスクープした[194]
1986年、読者欄「語りあうページ」が評価され、第29回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1986年8月23日、朝日新聞が入手したチェルノブイリ原子力発電所事故の報告書[195]をもとに、放射能汚染が当初想定されていた以上の範囲に及ぶことを報道し、その後も事故の現状を日本の新聞としていち早く伝えた。この報道により、1987年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1987年国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案を巡る報道が評価され、第30回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1987年3月19日東芝子会社である東芝機械対共産圏輸出統制委員会(ココム)の協定に違反し、工作機械をソ連に輸出したことで、同国の潜水艦関連技術が向上した恐れがあるとし、米国政府が日本政府に対して調査を要請したことを報道。外国為替及び外国貿易法違反事件として問題視され、日米間の国際問題に発展した。
1987年9月19日、「天皇陛下、腸のご病気」と報道し、実際に3日後、昭和天皇は入院して手術を受けた[196]。この報道により、1988年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1988年6月18日リクルート関連会社の株式譲渡にからむ川崎市助役への利益供与疑惑を調査報道した。その後、リクルートが自社関連会社の未公開株を中曽根康弘竹下登宮澤喜一安倍晋太郎渡辺美智雄などの大物政治家に対して店頭公開前に譲渡していたことが発覚。問題は政財官界に広がり、最終的に90人を超える政治家が関わる大事件となった。この報道により、第31回JCJ賞の本賞を受賞し[179]、翌年には米国調査報道協会特別表彰を受けた。しかし1996年11月、ジャーナリスト岩瀬達哉が『Views』1997年1月号で、リクルート事件発覚前の1987年4月に朝日新聞編集委員の疋田桂一郎(元天声人語執筆者)と本多勝一、元社会部長らが、当時リクルートコスモスが運営していた安比高原スキー場でスキー旅行の接待を受け(リクルートの江副浩正会長も参加)、中江利忠専務取締役(当時)もリクルートの経営する会員制クラブで江副会長の接待を受けていたことを明らかにした。
1991年より、日本全国から集めた女性の手記をもとに、連載「女たちの太平洋戦争」を掲載した。この報道が評価され、第35回JCJ賞の本賞を受賞した[179]
1991年1月1日、「西武百貨店→関西新聞→イトマン 転売で二十五億円高騰」「絵画取引十二点の実態判明、差額はどこへ流れた?」との大見出しで、大阪商社イトマンが関わる不正価格の絵画取引疑惑をスクープした。これにより、在日韓国人許永中による絵画やゴルフ場開発などの不正経理が明るみに出た。同年7月23日商法特別背任、並びに法人税法違反の罪で許永中は逮捕され、2001年に地裁で懲役7年6か月、罰金5億円の実刑判決を言い渡された(2005年10月、最高裁で上告が棄却され、実刑判決が確定)。
1992年、紙面に「メディア」欄を創設した。これにより、1992年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1992年8月22日自民党副総裁金丸信に対して東京佐川急便から5億円の違法献金が行われていたことをスクープした。これによって金丸は失脚し、1993年3月6日東京地検による聴取を受け、同日脱税の容疑で逮捕された。この報道により、1993年度日本新聞協会賞[168]と第36回JCJ賞の選考委員会特別賞[179]を受賞した。
1993年2月3日、前年9月30日10月1日に放送されたNHKスペシャル「奥ヒマラヤ 禁断の王国ムスタン」にて、撮影スタッフに高山病にかかった演技をさせるなど、複数の箇所で「やらせ」が行われていたと報道した[197]NHKは調査委員会を設置し、後日、訂正・お詫びの特別番組を放送した。また、「やらせ」を指示したチーフディレクターなど、番組制作担当者7人を処分した[198]
1994年、連載記事「この国の足音」を掲載した。これが評価され、第2回坂田記念ジャーナリズム賞の第2部門(国際交流・貢献報道)を受賞した。
1994年6月より、核兵器を巡る検証連載記事「核兵器廃絶への道」を掲載した。これが評価され、第38回JCJ賞の本賞[179]と第3回坂田記念ジャーナリズム賞の第2部門(国際交流・貢献報道)を受賞した。
1995年3月から同年10月にかけて、中心的なサンプルとして静岡市の住民調査結果を用いて、同一人物の支持政党の移り変わりを定点観測調査した。この報道により、1995年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1996年11月から1998年9月にかけて、「核兵器廃絶への道」の続編である「続・核兵器廃絶への道」を掲載した。これが評価され、第6回坂田記念ジャーナリズム賞の第2部門(国際交流・貢献報道)を受賞した。
1997年、大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件住専問題、さらに高級官僚の不祥事により世論の批判にさらされていた大蔵省を取り上げた記事および書籍「大蔵支配 歪んだ権力」が評価され、第40回JCJ賞の奨励賞を受賞した[179]
1997年から1999年にかけて、神戸連続児童殺傷事件をきっかけとし、中学生の心の動きをルポする連載「素顔の中学生 保健室から」を掲載。この報道により、1998年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
1998年8月25日、同年7月25日に和歌山県和歌山市園部地区で発生した毒物カレー事件に関連し、事件前にも同地区の住民がヒ素中毒で入院していたことを報道した[199]。入院した住民が出入りしていた家の夫婦は保険金詐欺が疑われ、その後、毒物カレー事件の容疑者として逮捕された。この報道により、1999年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
2000年5月29日アメリカ国立公文書記録管理局で秘密指定が解かれた公文書類の中に、1972年沖縄返還に至る交渉で、返還協定で定められていた米国側の負担費(約1億8700万ドル)を日本側が負担するという密約を記録した公文書が存在することを報道した[200][201]。それに関連し、2009年7月11日には、2001年4月情報公開法施行に先立って2000年に中央省庁各所で行われた書類処分により、密約関係の書類も廃棄されていた疑いがあることをスクープした[202]。さらに2010年12月23日には、密約関係の機密扱い訓電3通が焼却処分されていた事も判明した[203]
2001年11月から2002年2月にかけて、アメリカ同時多発テロ事件の実行犯の中心人物であるモハメド・アタを取り上げた連載「テロリストの軌跡 アタを追う」が掲載された。この報道により、2002年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
2003年3月11日名古屋刑務所刑務官による受刑者への傷害致死傷事件をスクープした。この報道により、第46回JCJ賞の本賞を受賞した[204]
2004年7月23日大阪市第三セクター大阪港埠頭ターミナルが野菜産地を偽装していたことをスクープした。大阪府警同月30日、同社および下請け会社のオー・エス・サービスなど5ヶ所を不正競争防止法違反(偽装表示)容疑で家宅捜索した。米国ブロッコリーの箱に中国産を混ぜたほか、トンガカボチャメキシコ産と偽っていたことも明らかになり、パプリカミカンゴボウでも産地偽装の疑いが出た[205]。この報道により、第12回坂田記念ジャーナリズム賞の第1部門(スクープ・企画報道)を受賞した。
2004年11月14日、清子内親王(当時。現在は結婚改姓で黒田清子[206]と東京都職員黒田慶樹婚約内定をスクープした[207]。この報道により、2005年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
2005年1月20日降幡賢一による「9年間のオウム法廷取材とその報道」により、第9回新聞労連ジャーナリスト大賞の優秀賞を受賞した[208]
2005年4月25日より、同日に発生したJR福知山線脱線事故の発生から運転再開までの一連の動きを詳細に写真報道した。この報道により、2005年度日本新聞協会賞を受賞した[168]
2006年7月17日から2009年3月27日にかけて、戦前戦中の写真を取り上げた毎月1回の連載「写真が語る戦争」を掲載した。これが評価され、第17回坂田記念ジャーナリズム賞の第2部門(国際交流・貢献報道)を受賞した。
2006年3月、日本スケート連盟の不正経理をスクープ。同年6月30日の任期切れに際し、藤森光三会長代行以下、理事8人が引責辞任する事態となった[209][210]
2006年7月31日キヤノンの宇都宮工場や子会社大分キヤノンなどで、偽装請負が行われている実態を報道。同年秋には都道府県労働局がキヤノンに対して指導を行い、その後も続報が続くなど騒動は広がりを見せた。2007年2月には、キヤノンユニオン宇都宮支部長が衆議院予算委員会公聴会に招かれ、偽装請負について意見を述べた。一連の報道より、第11回新聞労連ジャーナリスト大賞の優秀賞と2007年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)を受賞した。この追及記事を受け、キヤノンは報復として1年以上にわたって広告を引き揚げた[211]
2007年児童虐待をテーマにした連載「ルポ虐待」を掲載した。これが評価され、第15回坂田記念ジャーナリズム賞の奨励賞を受賞した。
2007年3月より、2003年4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙の際に中山信一の陣営が選挙区住民に対して買収工作を行ったとされる事件が鹿児島県警察によるでっちあげであったことを継続的に報道した。この報道により、2007年度石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(草の根民主主義部門)を受賞。公共奉仕部門とのダブル受賞は史上初[212]。また、第13回新聞労連ジャーナリスト大賞も受賞した[213]
2007年4月より、夕刊において、日中戦争太平洋戦争における自社を含めたマスメディアの戦争責任を問い直す連載「新聞と戦争」を一年にわたって掲載。これが評価され、第51回JCJ賞の大賞を受賞し[204]、第12回新聞労連ジャーナリスト大賞[213]2008年度石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)も受賞した。
2007年6月20日北海道加ト吉が製造した「COOP牛肉コロッケ」から豚肉が検出されたと報道[214][215]。コロッケの原料はミートホープ社から購入されたものであり、日本生協連の立ち入り検査によって食品原料の偽装が確認された。
2008年10月6日、複数の企業が「低料第三種郵便物」割引制度(郵便の障害者割引)を不正利用し、東京の自称・障害者団体「白山会」などの名義でダイレクトメールの大量発送を行っていたことを報道[216]。問題発覚により、広告会社「新生企業」や自称・障害者団体「凛の会」、郵便事業厚生労働省博報堂[217]ベスト電器など、複数の企業・団体の関係者が逮捕・起訴された[218][219]
2009年6月16日鳩山由紀夫首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書にて、既に死去している人物からの献金記録が記載されている事実が朝日新聞の調査報道により発覚した。これをきっかけとし、事務所費の虚偽記載問題や実母からの資金提供をめぐる疑惑などが浮上した。
2010年9月12日普天間基地移設問題について「沖縄 怒り 疲れ 虚脱 ヤマトよ偽善だ」と題して1面から総合面に続く長文記事を掲載。市民団体「メディア・アンビシャス」が贈る2010年度活字部門・アンビシャス賞を受賞[220]
2010年9月21日障害者郵便制度悪用事件において、証拠のフロッピーディスクに収録されていたファイルのタイムスタンプ(最終更新日時)が、被告にとって不利になるよう検察官によって改竄されていた事実を調査報道し、特別捜査部の実態が白日の下に曝されるきっかけを作った。この報道により、2010年度日本新聞協会賞を追加受賞し[168]、第54回JCJ賞の大賞[221]や第15回新聞労連ジャーナリスト大賞[213][222]、第18回坂田記念ジャーナリズム賞も受賞した[223]
2011年3月11日菅直人首相の資金管理団体「草志会」が、2006年と2009に在日韓国人系金融機関の元理事(韓国籍)から、計104万円の献金を受けていた事実を調査報道した[224]。これは外国人からの献金を禁じた政治資金規正法違反にあたり、同様の問題で同年3月6日には、民主党前原誠司外務大臣を辞任していた。同年4月26日、菅首相は東日本大震災直後の3月14日に、献金を行った在日韓国人へ返金していたことを認めた[225]
2011年5月4日米国政府が在沖縄米軍海兵隊グアム移転費用を水増しして日本側の負担を見かけ上減らし、日本政府もそれを了承していた事実を、ウィキリークスから提供された公電を分析して報道した[226][227]。「ウィキリークスにかかわる一連の報道」として、2011年度活字部門・アンビシャス賞を受賞[228]
2011年10月3日より、福島第一原子力発電所事故のルポ「プロメテウスの罠」を連載開始。2011年度活字部門・メディア賞[228]と2012年度日本新聞協会賞[229]、2012年度石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)[230]を受賞した。
2011年10月から2012年12月まで、朝日新聞を含む日本のメディアが原子力発電をどのように扱い、報道してきたかを検証するシリーズ企画「原発とメディア」を連載。第17回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞した[231]
2012年6月28日より、福島第一原子力発電所事故の原因究明問題に関連し、東京電力のテレビ会議記録の公開キャンペーン報道を展開。2013年度石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)の奨励賞を受賞した[232]
2013年1月4日、福島第一原子力発電所事故とそれに伴い放出された放射性物質の除染作業の過程で、低レベル放射性廃棄物として回収・封じ込めされなければならない土や落ち葉、枯れ枝、汚水などが、放置されたりすぐ脇の小川に流されるという手抜きが、下請け業者によって行われている実態を指摘[233]放射性物質汚染対処特措法違反であり、環境省が現地調査を開始する事態に発展した[234]。この報道により、2013年度日本新聞協会賞を受賞した[235]。しかし、その後、本報道が朝日新聞の記者によって設定されたやらせではないかとの報道がなされたため、同社は報道した新潮社に抗議をした[236]
2013年10月30日日展において、入選者の総数を有力会派で予め分け合い、公募作の当選数を減らす談合・不正が行なわれていた事をスクープ[237][238]。この影響により2013年の日展では、内閣総理大臣賞文部科学大臣賞などの選考を、すべての部門で初めて自粛した。また、日展側からの後援辞退の申し入れにより文化庁は後援を中止した[239]
2013年11月17日、従来から存在が囁かれていた、郵便局におけるお年玉付郵便はがきの売り上げノルマ強要(数千枚から1万枚)「自爆営業」が実在することをスクープ。ノルマを達成出来なかった職員達は、売れ残った分を自腹で買い取り[240]、離れた地域の金券ショップに持ち込んで換金しているという[241]
2014年7月28日中部電力の政界担当元役員からの直接聞き取りにより、同社が1972年から18年間、歴代の内閣総理大臣田中角栄三木武夫福田赳夫大平正芳鈴木善幸中曽根康弘竹下登。中曽根以外全員が故人)に対し年2回、一回当たり1千万円を政治献金し続けていた事実、原資は全額が消費者から徴収した電気料金だったことをスクープ[242]
2018年3月2日、朝刊の一面トップにおいて、「森友文書 書き換えの疑い」の見出しで、財務省が学校法人森友学園への国有地売却に関する決裁文書を書き換えた疑惑を報じた。朝日新聞の報道から10日後の3月12日、財務省は決裁文書の改竄を認め、改竄前の文書の内容も公開した。改竄は14の決裁文書、300か所以上に及び、朝日新聞が報じたとおり、「特例的な内容となる」「本件の特殊性」という文言が削られていることが確認された[243]
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(2.5.冷戦終結以後から現在)
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(4.疑義が持たれた報道・捏造報道・スキャンダル)
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出典:Wikipedia
2019/10/19 13:00
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