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中通り
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3.歴史
3.3.戦国時代から徳川藩政時代まで
戦国時代安土桃山時代)には、中通り北部は伊達郡本貫とした伊達氏、中通り中部は三春を本拠地とした田村氏を初めとして、名だたる武将が中通りを行き交って合戦を行い、領主が目まぐるしく変わった。上杉景勝家老直江兼続徳川家康による会津征伐軍を迎え撃つため、白河郡革籠原(かごはら、現白河市白坂石阿弥陀)[3]に長大な防塁を築いた。

徳川時代の中通りの官道は、江戸を起点とする奥州街道となって南北に貫き、幾つもの藩や宿場町が分立していた。道沿いには福島藩[4]二本松藩白河藩[5]棚倉藩などのが分立していた。

白河城下からは、会津道が猪苗代湖より南の経路(現国道294号)で若松城下へ、そして、現在の下越地方新発田城下を経て日本海沿岸の港町である新潟へと繋がり、福島城の北の桑折宿からは、羽州街道上山城下を経て内陸部を横手盆地まで下り、それから日本海沿岸の久保田城下へと繋がっていた。

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(3.2.中世)
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(3.4.戊辰戦争と廃藩置県)
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出典:Wikipedia
2018/07/21 17:01
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