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全国銀行協会
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3.歴代会長
3.4.会長就任サイクルについて
全国銀行協会連合会時代から1993年まで、殆どが第二次世界大戦終戦前の財閥系大手都市銀行である帝国銀行三菱銀行安田銀行および特殊銀行だった日本勧業銀行から輩出されていた。

旧全銀協時代[編集]


旧全銀協会長については、4月1日付での就任ではない(4月21日付で就任)ため、旧全銀協に改組された1999年4月1日時点では、前身の組織のトップだった岸暁が初代の杉田力之就任まで会長代行を務めている。

2002年度の会長には、当初は室町鐘緒三和銀行頭取(2002年1月の合併と同時にUFJ銀行頭取就任が内定していた)を内定していたが、経営責任で合併と同時に頭取を辞任したため、代わってUFJ銀行初代頭取に内定した、当時三和銀行専務の寺西正司に差し替えた経緯がある。それ以外は、一般社団法人への移行直後の2011年度を除き、当初の内定通りに会長が就任している。

なお、旧全銀協の組織発足当初は、DKB→住銀→富士銀→三和→さくら→東京三菱の各頭取の輪番となっていたが、メガバンクの再編で、「三和→UFJ」のところに合併先の「三菱東京UFJ」が繰り上がり、「さくら」のところに合併先の「(旧)SMBC」(ただし、西川再登板時点で逆さ合併後の現法人になっている)が繰り上がっている。これにより、一般社団法人移行前の輪番(みずほ銀・みずほFG→三菱東京UFJ銀・MUFG→SMBC)が形成された。

2007年度の会長には奥正之SMBC頭取が就任した。内定の際、SMFGが持株会社会員となっていないため、同社の北山禎介社長(SMBC会長)は候補に挙がらなかった(なお、2005年度当時には、みずほ銀行杉山清次頭取(当時)も候補に挙がっていた)。

2008年度の会長には、みずほ銀行杉山清次頭取(当時)が就任。当初は、前田晃伸みずほFG社長(当時)の再登板も検討されたが、全銀協の方針により、リテールに力を入れたい意向があったことから、みずほFG傘下でリテールを担当するみずほ銀行の頭取、ということになった。

2009年度の会長は永易克典三菱東京UFJ銀行頭取が就任しており、2010年度の会長は奥正之の再登板となった。

2011年以降の(一社)全銀協時代[編集]


一般社団法人移行初年度となった2011年度は、従前のケースに倣えばみずほの割り当てとなり、塚本隆史FG社長か西堀利みずほ銀行頭取のいずれかの就任が想定されていた。当初は西堀の就任を予定していたが、同年3月に発生したみずほ銀のシステムトラブルに伴う引責辞任から、3ヶ月程度、会長就任を延期することが明らかになり、暫定的に奥が残留した。その後、同年4月になって、西堀が正式に辞退したため、従来の輪番のままでは2012年に割当予定だった三菱東京UFJ銀行の頭取に繰上げの上、管掌させる方針となり、永易克典が同年7月1日付で就任した。

2012年度は、前年の輪番が崩れたことから繰り下がりでみずほが管掌することとなり、みずほコーポレート銀行頭取を兼任する佐藤康博みずほフィナンシャルグループ社長が、FG社長の立場で就任した。

2013年度以降は、SMBC→MUFGまたはBTMU→みずほ銀行またはみずほFG、の順で、軌道修正された輪番で動かすようになり、2015年には佐藤康博が2度目の登板(このときはFG社長専任として)、2016年には國部毅が同じく2度目の登板となった。

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(3.3.一般社団法人移行後)
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出典:Wikipedia
2019/11/16 22:01
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