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大原重徳
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2.官職および位階等の履歴
※日付は明治3年記述までは旧暦

文化2年(1805年)4月7日、従五位下に叙位。
文化12年(1815年)12月19日 元服し、昇殿を聴され、従五位上に昇叙、大和権介に任官。
文化15年(1818年)1月22日、正五位下に昇叙、大和権介如元。
文政3年(1820年)3月19日、左馬頭に転任。
文政4年(1821年)1月22日、従四位下に昇叙、左馬頭如元。
文政7年(1824年)1月12日、従四位上に昇叙、左馬頭如元。
文政9年(1826年)8月30日、侍従を兼任。
文政13年(1830年
4月8日、右近衛権少将に転任、左馬頭如元。
改元して天保元年12月19日 院(光格上皇)別当を兼帯。
天保2年(1831年
9月20日 右近衛権中将に転任、左馬頭如元。
12月19日、従三位に昇叙、散三位となる。
天保6年(1835年)4月23日、正三位に昇叙。
文久2年(1862年)
5月9日、左衛門督に任官。
12月9日、朝廷内に国事御用掛を設置するに伴い兼帯。
文久3年(1863年)2月23日、蟄居落餝。これに伴い、国事御用掛を解職。
文久4年(1864年)1月9日、還俗し、正三位に復位。
慶応3年(1867年
9月27日、参議に補任。
10月23日、従二位に昇叙し、参議如元。
慶応4年(1868年)
2月20日、明治政府(以下この年のみ政府を付す)参与に就任。
3月20日、権中納言に転任。
4月15日、政府笠松裁判所総督を兼任。
4月25日、笠松裁判所総督を辞す。
閏4月21日、政府参与を辞す。
閏4月23日、政府刑法官知事に就任。
明治2年(1869年
4月25日、刑法官知事を辞す。
5月2日、議政官たる上局議定に就任。
5月15日、上局議長に就任(前任者は山内豊信)。
7月9日、上局議長を辞す。
9月4日、集議院(上局)長官に就任。
明治3年(1870年)閏10月17日、集議院(上局)長官を辞し、麝香間祗候となる。
明治6年(1873年)1月17日、隠居[1]
明治12年(1879年)4月1日、薨去。享年79。同月3日、贈正二位
[4]前ページ
(1.経歴)
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(3.脚注)
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出典:Wikipedia
2019/08/19 08:30
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