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大化の改新
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3.乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)
蘇我氏は蘇我稲目馬子蝦夷、入鹿の四代にわたり政権を掌握していた。中臣鎌足(後の藤原鎌足)は、蘇我氏による専横に憤り、大王家(皇室)へ権力を取り戻すため、まず軽皇子(後の孝徳天皇)と接触するも、その器ではないとあきらめる。

そこで鎌足は、中大兄皇子に近づく。蹴鞠の会で出会う話は有名。共に南淵請安に学び、蘇我氏打倒の計画を練ることになった。中大兄皇子は、蝦夷・入鹿に批判的な蘇我倉山田石川麻呂(蘇我石川麻呂)の娘と結婚。石川麻呂を味方にし、佐伯子麻呂葛城稚犬養網田らも引き入れる。

そして、皇極天皇4年(645年6月12日飛鳥板蓋宮にて中大兄皇子や中臣鎌足らが実行犯となり蘇我入鹿を暗殺。翌日には蘇我蝦夷が自らの邸宅に火を放ち自害。蘇我体制に終止符を打った。

この蘇我氏本宗家滅亡事件をこの年の干支にちなんで乙巳の変という。この乙巳の変が大化の改新の第一段階である[1]

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出典:Wikipedia
2020/03/12 05:30
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2020/03/28 更新
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